83 母親たちの気持ち スケルトン編
魔王城からスケルトンの住む地下墓地へと続く通路を、俺はヴァリーと手を繋いで歩いていた。
魔王様の魔力の恩恵によってどこでも光魔法が発動して明るいのだが、この通路だけは雰囲気を出すためか薄暗くなっている。
魔王のおっさんも変なとこにこだわっているよな。おかげで薄気味悪いというか、背筋が冷える思いだぜ。
「ねぇパパ。ヴァリーちゃん疲れちゃったー。おんぶしてほしーなー」
手をクイクイと引っぱられて見下ろすと、オレンジの瞳を上目づかいにキラキラ輝かせながら極上のおねだりをしてきた。
「もうちょっと自分で歩かねぇか。スケルトンの所まで後もうちょっとだし」
「やだー、おんぶしてほしー。おーんーぶー」
ツインテイルの赤い癖っ毛を左右にブンブンゆらすと、俺の手を両手で握ってパタパタ足踏みしながら癇癪を起こす。
やれやれ、ヴァリーはホントにわがままだな。いや、このぐらいの歳なら普通か。むしろ他の子が素直すぎるんだよな。
どうしようか困りながら頬を指でポリポリ掻く。
こういうときって下手に俺がグズると余計に手がつけられなくなるんだよな。かといってまだちょっとおんぶはキツイし。
「あっ、パパ。おんぶがダメだったらだっこでもいいよー。ヴァリーちゃんを抱けてパパも嬉しいでしょー」
ヴァリーは名案とばかりに笑顔を輝かせるが、だっこはおんぶよりキツイ気がする。
子供の成長は早いって言うけど、俺の子供は度が増して早いからな。要するに、どんどん重くなるんだ。
とはいえ、まだ持てないほどでもないか。
「わかった。おんぶでいいか」
「えー、おんぶー? ヴァリーちゃんはだっこがいいって言ってるのにー。パパってばホントにわがままなんだから」
まるでしょうがない大人だと言いたいように、やれやれと手を持ち上げて大げさに首を振った。
どうやら完璧にだっこの気分になっていたようだ。
気持ちが変わるのが早ぇよ。俺には子供心は難しすぎて読めねぇわ。
呆れながらも文句を言うヴァリーをおぶって、歩き出した。
「おんぶで我慢してあげるんだから、ヴァリーちゃんに感謝してよねー」
降ろすぞコノヤロー。とは思いつつも、背中に頬を嬉しそうにこすりつけてくるのでついつい許してしまった。
地下墓地までたどり着くと明るさなんてほとんど失われていた。
不死系の闇夜を好む魔物が住まう地区なので加減をしているのだろう。とはいえ、シャドーの住む闇の間よりは視界が確保されている。
「いつ来ても薄気味悪い所だな。俺を襲う魔物はいないってわかってるけど、どうも安心しきれねぇんだよな」
昼間だっていうのに夜の気分にされちまうぜ。
「パパびびってるの? だっさーい。けどパパ弱いもんでしょうがないよね」
背中におぶっているヴァリーがグサッとくるセリフをはきながら、小さな手を伸ばしてよしよしと頭を撫でやがった。
絶対バカにしているだろ。慰める気ゼロだろ。さすがに父親としての威厳がなくなる。ここは啖呵を切らなければ。
「おいおいバカ言っちゃいけぇよヴァリー。俺の心臓は鋼鉄と言えるほどガッチガチにできて……」
「ばぁ!」
「うっぎやぁぁぁぁ!」
ヴァリーにいいところを見せつけようとしたら、墓の裏からスケルトンがいきなり迫りかかってきた。
心臓が壊れる勢いでバクバクし、身体に電流でも走ったようにビクついてしまう。
「あははははっ。コーイチが生意気なこと言ってたからおどかしてみたけど、こんなにオーバーにびっくりするなんて思わなかったわ。あははっ」
俺をおどかしたスケルトンは何がそんなにおもしろかったのか、骨と空洞の腹を抱えてヒーヒー笑いやがった。
「やめろよなバカヤロー。本気でショック死するかと思ったじゃねーか」
「そうだよママ。パパはノミ以下の心臓の持ち主なんだからー」
ゼーゼー息をあげていたら、背中からなんともいえないフォローをしてもらった。
「ショック死? コーイチならありえそーね。そうなったらあたしたちの仲間入り、おめでとうコーイチ。手始めにゾンビデビューする」
「しねーよ。人間でいるよ。てか死んでも不死系魔物には転生しねーよ」
勘弁してくれ。太陽の光を浴びたら消滅するような身体にはなりたくねーから。
「あー楽しー。コーイチが来ると地下墓地も明るくなるわー」
スケルトンが言うようなことじゃねー。どうしてコイツとは、ああ言えばこう言う状況になるんだか。
「さてと、コーイチいじりも楽しんだし、おいでヴァリー」
ヴァリーは素直に返事をすると、背中から降りてスケルトンの元へ向かった。
「ママ、今日はどんなお友達を紹介してくれるの?」
「今日はねー……」
仲良さそうに手を繋いで地下墓地の奥へと消えようとしている。
「そういやスケルトンは俺との子供を作るとき何を思った?」
もういい加減、母親にこの質問を投げかけるのも慣れてきたな。相手はスケルトンだし、危険はないだろ。
俺の問いかけにスケルトンは足を止めて踵を返した。
「子供って、チェル様に言われたときのことよねー。しいて言うならコーイチの死にざまを想像したからね」
「は?」
なんか、サラっととんでもないことを言いやがったぞコイツ。
「あたしは死に近い魔族だからねー。それと骨格が好みだったから、最初から乗り気だったわよー」
「マジかよ」
なんって答えていいかわからず、頭を抱えて俯いた。
「さすがに一発でデキちゃったのは驚いたわよー。ちょっとオネーさんが遊んであげるつもりだったんだもの」
「ママってば、火遊びのつもりが大火事になっちゃったんだねー」
「でもヴァリーが生まれて幸せよー。楽しいもん」
母娘で微笑み合う姿は平和だけれども、幼児としていい会話じゃねぇな。
「わかった。ありがと。参考になったわ」
参考になったんだろうか?
「それだけだったらもう行くわよ。最上級の死にざまがコーイチにありますよーに」
「ママってばー。ヴァリーちゃんがいる限り、パパは死なないよー」
「ヴァリーたくましー。コーイチとは違うわー」
やけに明るい雰囲気で闇の墓地へと消えていった。
「死にざま、ねぇ」
もしかしてスケルトンって、ホントに俺を好きだったからなのかな。ノリもよかったし。
呆然と見送りながら思う。
恋心に素直な行動だったとしたら、俺も見習うべきかもしれないな。
その後、幽霊の魔物と戯れながら、ヴァリーの帰りを待つのだった。




