7 スキル発覚
クタクタな身体を引きずりながらチェルの後ろを歩く。魔王城の奥まった所にあり、廊下も戦闘をするには狭くなっていた。装飾も豪華で、壺や壁画、花などが飾られている。
「なんか、さっきまでの廊下に比べるとかなり小奇麗だな」
「勇者たちの足が伸びないようにしてあるプライベートルームだもの。メインの廊下に比べて狭いのも、戦いの際に立ち回りにくくして入りづらくするためのものよ」
さっきまでは車二台が並んで走れるほどだったけど、今は人が譲り合う形ですれ違うのがやっとの狭さだ。剣なんてよっぽど振り回せないだろう。
「ここよ。入りなさい」
チェルは日本家屋の一軒家にある大きさのドアを開けると、部屋の中に入っていった。
夜も遅いし、この部屋が俺の牢屋代わりの部屋だろうな。はてさて、どんな質素な作りになっていることやら。
ゴクリとツバを飲み込んでから部屋のなかへ足を踏み入れた。広々とした空間に豪華な調度類。中央にはお茶会でも開けるような丸テーブルに椅子が用意されていて、奥には天蓋つきのベッドまであった。壁際には横になれるほど幅広な、白いソファーもデンと置いてある。
「あれ。随分と豪華な部屋だな。まるでチェルの部屋みたいだ」
「何を寝ぼけたことを言っているのかしら。正真正銘、私の部屋よ」
あぁ、通りで豪華な部屋のはずだ。
「まったく、チェルは忘れっぽいんだな。俺を部屋に案内する前に自分の部屋に戻っちゃうんだから。でっ、俺が寝泊まりする牢屋はどこにあるんだ?」
はははと、わざとらしく笑ってやった。豪華な部屋を期待させた後に、みすぼらしい牢屋に案内するなんてな。笑わないとやってられないぜ。泣いてなんていないんだから。
「何か勘違いしているようね。あなたも、私の部屋で寝泊まりするのよ」
チェルは呆れたようなため息をつき、平然と言ってのけた。てか、いいの?
「ここは魔王の城よ。人間が一人でうろついていたら、たとえ牢屋の中でも危険だわ。目の届くところで保護しないと、ね」
「えっ、マジで。ひょっとして、チェルとも実験するの。かなり疲れてるけどチェルなら大歓迎だよ」
両手を広げて、さぁ俺の胸に飛び込んでおいでポーズをする。チェルは深夜に突如遭遇した変質者を冷静に見るような目をして後ずさった。赤く輝いていた瞳が暗く感じるのが物凄く痛い。
「別に襲いたいなら襲ってもいいけど、命の保証は完全に消し飛ぶわ。話は変わるけど、コーイチは死ぬとき、どうやって死にたい?」
「いや話がまったく変わってないからね。襲わないから殺さないでくださいお願いします。てか、ここまでいいようにいじくってポイなんてしないで」
俺は最速の土下座を繰り出し、白く艶やかでいてやわらかい足にしがみついた。おぅ、プニプニでさわり心地がいい。ここは天国か。
「まったく。情けをかけてあげるから離れなさい。それと寝るときはそっちのソファーね。同じベッドには入れないわよ」
チェルが俺を足蹴りで離してから、視線で白いソファーを示す。身体を休めるには申し分なさそうだ。
「ソファー使っていいんだな。てっきり、床で寝ろぐらいは言うと思ってたけど」
「お望みならそれでも構わないわよ」
「ぜひソファーを使わせてください。冷たい床でゴロンは……真夏日でない限り嫌です」
真夏の床ってヒンヤリしていて気持ちいいもんね。体温で熱くなるから制限時間があるけれども。
「ぜひ真夏になっても寝ころばないでほしいわ。コーイチの品性を疑ってしまうもの」
ゴミでも見るような目で一蹴された。変質者を見るような目より幾分かマシだけど、堪えるものがある。
クソっ、いいじゃないか欠点の一つや二つ……三つ? まぁいいや。とにかくいっぱいあるけれども。でも欠点のない人間なんていないんだ。チェルだってきっと欠点ぐらいあるだろ。
「えっ、あれ?」
「ん、どうかして?」
訝しむチェルに何も、とこたえてから、見えているものを確認する。
何これ、RPGに出てくるウィンドウが見えるんだけども。しかも俺とチェルの名前があるし。あっ、視線をチェルの表示に向けると色が変わった。試しに、調べたいと念じたら表示が出てきた。
レベルからステータスに始まって、弱点と耐性なんかも表示されていた。
うぉう。レベルは五二なんだな。一般のRPGだと後半ぐらいなんだけど、実際はどうなんだか。比較がないからわかんねぇや。ステータスも三桁でいっぱいなんだけど、こっちもさっぱり。ただ、魔力だけはずば抜けて高い。そりゃ見た目は華奢だからな。筋力が高くあってたまるかだ。
そして弱点に聖属性と書いてあった。何ということだ。しっかりと弱点があるではないか。これでチェルも遅るにたりねぇぜコンチクショー。何だよ聖属性って。こちとら何の属性も持ってねぇーよ。
俺がこの部屋で一人だったら、四つん這いになって床をガンガン叩きながら叫んでいたところだ。
「どうしたのコーイチ。疲れで精神異常を起こしたのではなくって。表情がかわいそうなほど動いていてよ」
憐みの声が耳に届くが、気にできるほどの冷静さではなかった。
ところで俺のウィンドウもあるようだけどどうなってんだろ?
興味が移り変わると最初のウィンドウへと戻る。気分ひとつで動くとは、楽でいいな。続いて自分の名前を注目すると、ウィンドウが開く。
あれ、さっきと画面表示が違う。自分用とその他用かな?
チェルの表示より俺の表示の方が事細かに書かれていた。レベルは一。ステータスも各種一桁で、全属性に弱点を持っている……今は泣いていいタイミングだよね。きっとタンスの角に小指をぶつけた痛みを俺は感じているんだよね。
しょんぼりしながら画面を見ると、スキル欄に三つほど表示があった。
えっ、何。俺スキルなんて持っているの。ひょっとして、チートが俺にあるの?
ひゃっほーい。年甲斐もなくテンションが上がってきたぜ。今ならゲージを消費して必殺技が出せそうだ。ひたすら挑発するアレならたぶん俺でも出せる。
期待を込めてスキルを見ると『ステータスチェック』『経験値ブーストL』『マイルーム』とあった。
ステータスチェックは間違いなく今使っているこのウィンドウだ。しょぼいかもしれないが、情報はときとして恐ろしい武器になるので侮れない。間違いなくこのスキルは当たりだ。
次に経験値ブーストLだ。もしもS・M・LのLだったら間違いなく当たりスキル。どれくらいブーストされるかは知らないけど、かなり成長度は高いはずだ。なんだけどなぁ。
現状を鑑みる。魔王の城はラスボスエリアといって過言ではない。更に俺はレベル一。チェルからはゴブリン一匹にすら敵わないと目測をつけられている。やってみなきゃわからんではないかと心の片隅で思っては、心の押入れ深くにしまい込んだ。一生この思いは出さない予定だ。シニタクナーイ。
仮に魔王城にたまたまいたゴブリンに運よく勝てたとしよう。レベルがどれだけ上がるかしらないが、魔物の巣窟で一体でも魔物を殺してみろ。レベルが追いつく前に集団リンチで即お陀仏だ。
結果、有能なはずの経験値ブーストLは全くもって使い物にならない。
最後のマイルームは訳がわからないからハズレだろう。たぶん。もぉいいや。考えてると悲しくなってきた。疲れたし、とっとと寝よう。
「確かに疲れてるわ。もぉばたんきゅーだわ。先に寝るから当分ほっといてくれー」
俺はチェルの許しもないまま、ズタボロなスーツ姿でソファーに倒れこむ。仰向けに寝転んだ。
「あっ、ちょっとコーイチ」
チェルがぶつくさ言っているが、返す気力がない。てかホントに疲れてたんだな俺。目をつぶるだけで眠気が押し寄せてきたよ。
眠る俺の近くでチェルが仕方ないという感じのため息をついた。足音が遠のいたり近づいたりしてから、身体にやさしく布を被せられた気がした。