75 母親たちの気持ち ハーピィ編
魔王城の東に立つ塔の階段を、エアと一緒に登る。
本日はエアの母親の日。肉体労働的に一番会いたくないのはハーピィだな。スカッとした性格は好きなんだけどね。
一段一段で疲労が蓄積する。俺は別にエレベーターやエスカレーターを愛してやまないわけではなかったのだが、手すりもない階段を上るのは骨が折れる。
傾斜もキツイからしっかり足を上げないと転んじまいそうだ。
足が痛くなって息が上がる。階段を上がるだけで汗が噴き出す始末だ。
「あはは、父ちゃん大変そうだね。東の塔は人間が登るようにできてないもん。しょうがないよ」
ニコニコ笑顔で並行しながらエアが飛んでいる。子供には俺が歩幅を合わせてやるのが基本なんだけど、エアだけは例外だ。
黄色い翼をバタバタさせて、ビュンビュン飛びやがる。アニメ初期の羽持ち成長期デ○モンは歩くより遅かったぞ。生後四ヶ月の幼年期がなんでそうまで速いんだよ。
俺は階段の途中で中腰になってゼーハー息を整えた。
「ありゃ、疲れちゃった? ウチが父ちゃんと一緒に飛べたらよかったんだけど、まだシャインを落としちゃうんだよね」
エアは俺の正面で足をつけると、黄色いパッチリした瞳で心配そうに覗き込んできた。
「ははっ、エアはやさしいな。でも大丈夫だ。俺も泣き言なんて言ってられないもんな」
無理やり笑顔を作ってから黄色いショートヘアを撫でる。気合で、悲鳴を上げている足を動かした。
「父ちゃん。ファイト一発、国士無双だよ」
「その手をリーチする必要、全くもってないからな」
励ましてくれるエアを横目に屋上を目指す。
俺のために安全に飛ぶ練習をしてくれてるのは嬉しいんだけど、シャインはホントに大丈夫なのか。
毎度シャレにならない高さから、シャレにならない状況で落ちているシャインに同情を禁じ得ない。
成長した頃には、マジで子供が七人になっていそうで怖いな。
屋上に出ると、強風が身体に叩きつけられた。
相変らずの風圧だな。立って歩けないこともないけど、気を抜くと飛ばされそうだ。
あたりにはハーピィの巣がたくさんある。青紫に淀んだ空。枯れた森も見渡せて、果てには地平線が広がっていた。
東の方に海ってなさそうだな。
見上げれば太陽の下で飛び回る茶色いハーピィたち。
「本日も訓練やら見回りやらで忙しそうだな」
「そうだね。みんな気持ちよさそうに飛んでる。あっ、母ちゃん発見。母ちゃーん!」
エアは目敏く母親である黄色いハーピィを発見すると、俺の肩に飛び乗って叫んだ。
高さ的にはそんなに変わらねぇと思うんだけど、それでも空に近づきたいんだろうな。ここら辺はかわいい子供だ。
エアの叫びが届いたのか、黄色いハーピィが行き先を急転回してこっちに向かってきた。
「いや待て、速ぇから。また俺風圧でぶっ飛ばされっから!」
恐怖で足元が竦む。塔から落ちた記憶はまだ、俺の脳内にキッチリ焼きついている。勘弁してくれ。
「あはは、大丈夫だよ父ちゃん。それ!」
ハーピィのダイナミックな着地に合わせて、エアが風の障壁を張る。吹きつけると思った風圧は俺たちを逸れて巻き散った。
「やっほーコーイチ。久しぶり。エアも元気だね。さっきの風圧はびっくりしたよ。成長したね」
早口で迫りよると、肩の上のエアを翼で器用に抱いて褒め殺す。
「すごいでしょ。シャインって弟と飛ぶ練習してたら、使えるようになってたんだ。もっと父ちゃんを守るために、シャインには協力してもらわないとね」
頬を嬉しそうに染めながら笑顔ではしゃぐ。けど内容がちょっと危ない気が。
「そっか。だったらもう、コーイチに気を遣う必要もないね。よーし、次からは思いっきりやるぞ」
「それとこれとは話が……」
「どーんとこいだよ!」
待ってエア。それは絶対の自信を持って言っているわけじゃないんだよね。とても危険なやつだよね。微笑ましい母娘愛を感じるけど、誇張して胸を張らないで。
「それじゃ、風を操る特訓しよっか。うまくならないとコーイチが心配で倒れちゃうからね」
ハーピィはエアに言い聞かせながら、右手を中途半端に上げて背筋を冷やしている俺に視線をくれる。
さてはわかって楽しんでいたな。
「うん。父ちゃんが心配しないくらいうまくなるんだから。飛ぼう、母ちゃん」
エアが翼を広げると、ハーピィも釣られるように羽ばたかせる。
あかん、このままだと飛んじまう。
「ちょっとハーピィに聞きたいんだが、どうして俺との子供を作ったんだ」
「楽しそうだったから」
単純でらしい答えが返ってきた。テンポがよすぎる。
「軽いな! もっとこう、なかったのか」
「しいて言うならチェル様に言われたからかな。でも楽しそうだと思ったのが一番の理由だよ。おかげでエアも生まれたし、バンバンザイだよ。ねーエア」
「ねー」
屈託のない笑顔を向けると、ウインク一つ寄越した。
俺は頭を抱えながら空を見上げる。
あまりの単純明快さに頭が痛ぇ。なんっていうか、聞きたいのはそういうことじゃないんだ。
「気ままに楽しく、自由が一番大事。チェル様にだって自由は縛れないんだから。コーイチにだって縛らせないよ」
自由に楽しく、か。ハーピィは自分を貫いてチェルに従ったってことか。
「それにコーイチへの愛は本物だからね。疑ってるなら二人目作ってみる?」
「ははっ、愛が重ぇよ。それに子供は八人もいるんだ、いっぱいいっぱいだって」
まっすぐな愛情に渇いた笑いがこぼれた。きっと本心なんだろうな。ハーピィに至っては、無駄な情報はいらねぇのかも。
「話はそれだけだ。悪かったな、足止めしちまって」
「あははっ、ちょっとだけ吹っ切れたね。悩んだときはいつでも話しなよ。おしゃべりは力なんだから。お待たせエア、飛ぼう」
「うん。ウチ待ちくたびれちゃった。すぐ飛んじゃうよ」
エアはレースゲームのロケットスタートが如く跳び出した。負けじと黄色いハーピィも羽ばたく。
「おしゃべりは力、ねぇ。いかにもハーピィらしくて気が落ち着いたよ」
遠い空へ上る二人を、手で庇を作りながら眺めた。




