74 シェイの一日 その4
母上との訓練が終わると、おやつを挟んでチェル様に勉強を教えてもらいます。
普段は地理のことをやっているのですが、本日は言語について初めて学ぶことに。
少々残念。魔王城の西にある雪原について詳しく知りたかったのですが、仕方ない。
チェル様は自分たちが饒舌にしゃべっているし、ネットサーフィンもできるものだから言語は教える必要もないと思っていたようです。
苦戦するのは異世界人であるコーイチぐらいでしょうねと、勉強に入る前は楽しそうな余裕の笑みを浮かべていました。
そして授業が始まったわけですが、死屍累々という始末。父上どころか、自分も全くわからなかった。まじめなアクアですら、頭が沸騰しそうなぐらい苦しんでいました。
これにはチェル様も頭を抱えるしかなかったようです。
自分たちは父上のマイルームにあるパソコンにより、日本語とローマ字を真っ先に覚えてしまった。その結果イッコクの文字が不必要となっていました。
文字の数ぐらいはわかりましたが、それ以上はさっぱり。
父上が言うには、アラビア語を覚えさせられている気分とのこと。
はて、どんな文字だったでしょうか。
勉強が終わればアニメの時間になる。
アニメにはいろいろな世界があって楽しいけど、自分が好きなのは時代物。特に忍者は捨てられません。
戦国バ○ラも捨てがたいんですけど、どうにも忍者が足りない。
最近は特撮物も楽しむようになりました。三作ある戦隊忍者物を並行して追っていますが、見るたびに憧れは大きくなります。
無論ニンジャ○レイヤーはいちおし。自分にカラテ力はなさそうなので、手数で攻めるしかない。千枚のスリケンです。
アニメが終了すれば今度は夕食。
軽くスルーするつもりが父上は逃がしてくれませんでした。
「ねぇ、シェイ。食べてみたい物って、ないの?」
「そうですねアクア。和食は食べてみたいと思っています。作るのは難しそうですけど」
「えっ、料理って作れるものなの?」
「作るものですよ。パソコンでググればレシピ……作り方が出てくると思います」
「知らなかった。じゃあ私が練習して、和食を作れるようになるね」
イッコクにはコンロがないので火力の調整が難しいと思うのですが。今度アクアのためにコンロを開発する必要がありますね。
魔力と素材があって作り方さえわかれば、たぶんできるでしょうし。
そして入浴の時間になる。
母上の話では魔王城に浴室なんて最初はなかったみたい。ある日を境に魔王様が作ったとか。
ムダに広いのは魔王様がお楽しみをするためとも言っていました。そのせいか部屋は薄っすらとピンク色に染まっています。娘がチェル様一人なのが不思議ですね。
まぁ、おかげでこうして父上を含めた姉妹全員で湯船に浸かれるわけですけど。
ゴツゴツの岩壁に岩模様のタイル。色のわりに野性味あふれる浴室になっているけど、安全設計はしっかりとなされてますね。
滑って危ないけれど走り回れるほどのスペースに、二十人は余裕で入れそうな浴槽。
壁についているシャワーこそ最初は一つだけだったらしいけど、今では三つ並んでいます。
チェル様が自分たちのために、魔王様にお願いして増やしてもらったようです。感謝を忘れてはいけませんね。
「かゆいところはございませんか、お嬢様」
「ちょうどいい具合だよー。ヴァリーちゃんの髪を洗えることを誇りに思ってよね、パパ」
クセのかかった赤い髪を泡だらけにして、気分よさそうにヴァリーは父上に洗われていた。そして父上の後ろにちょこんともう一人。
「パパの背中って大きいから、洗うの大変だよ」
「疲れるならやめてもいいんだぜ」
「やだ。パパの背中は私が洗うの」
アクアが小さいタオルを泡だらけにして、懸命に背中を流していた。大変そうだが、やりがいもあるようです。
三人は凸の字になって洗い合っこをしていた。
平和なものですね。心地いいですし、鍛錬の疲れが溶けていくようです。
自分は頭に白いタオルを乗せ、湯船に浸かって手足を伸ばす。
モワモワと沸き上がる湯気がほどよく漂り、夢心地にさせてくれる。目を閉じて深く息をはく。
「あははっ、隙あり」
バシャんと水飛沫が顔にあたった。息を吸い込むタイミングだったらむせていましたね。
「うくっ、エアですか。元気がありあまるのはいいですが、おいたはいただけません」
顔を手で拭ってから睨みつける。黄色いショートの髪や翼を濡らして、悪意のない笑顔が歩いてきた。
「シェイが難しい顔をしてたからね、よいしょ」
すぐ近くまでくると腰を下ろした。鎖骨ぐらいまで湯船に浸かると、視線が並ぶ。
「エアから見れば、自分は常に難しい顔をしていると思いますよ」
「ははっ、かもね。でも、たまにはハジけないとつまんないよ」
エアは常にハジけていますね。って皮肉を言っても笑うのでしょう。朝アクアが見せた潜在能力を知っても、エアは気にしない様子でしたし。
「エアは、毎日欠かさずにシャインと飛ぶ練習をしますよね。何か目標でもあるんですか?」
「父ちゃんと一緒に飛べるようになりたいんだ。空を飛ぶのって気持ちいいから、父ちゃんにも気持ちよさを教えてあげたいの」
「安直ですね。でも、エアらしくていいのではないですか」
楽しいことに笑顔で一直線。一言でいえば愚直なのですが、見ていて元気をもらえるから侮れない姉なんですよね。
つい口元が緩んでしまう。
「それにね、いざってときに父ちゃんと飛べないと困るんだ」
「えっ」
「父ちゃんはきっと凄い人になるよ。勇者と顔を合わせることだってあると思う。逃げなきゃいけないときに飛べると飛べないとじゃ、かなり違うよ。だから、ウチは父ちゃんと飛べるようにならなきゃいけないんだ」
父上が勇者と、正面をきって敵対する。自分が勇者と敵対することは想定していましたが、父上が前線に出るなんて考えは微塵もなかった。
自分は攻めることだけで、守りなんて想定もしなかった。考えて当たり前のことなのに。
「気にしなくてもいいと思うよ。シェイはシェイで、ウチはウチ。それでいてアクアはアクアだもん。みんな自分にしかできないことを持ってる。ねっ、シェイにもあるでしょ」
「エア……」
どこまでも考えていなさそうで、誰よりも直感が強い。ダメですね、自分では姉に勝てないようです。完敗ですよ。
ただただ凄い。清々しい気分で負けを認められる。目をつむると、口元が緩む。
「おもしろい話をしてるねぇ」
「あっ、フォーレ」
エアの声で目を開けると、湯船に浸かったままフォーレが移動してきた。緑のボサついた長い髪をアップでまとめている。
緑の瞳でボーっと自分を眺めてくる。
「何か?」
んー、って唸りながらゆっくりと迫ってくる。何を考えているのか。
顔がひっつくのではないかと思うほど近づくと、湯船から手を出して自分を撫でた。
「あの、フォーレ」
「シェイは自慢の妹だよぉ。だからぁ、そのまま突き進めばいいよぉ。だってぇ、アクアが憧れるくらいぃ、かっこいいんだからぁ」
「……まったく、アクアもアレほどの力を持ちながら、何に憧れているのでしょうね」
口元がムズかゆくなる。顔の火照りは湯に浸かりすぎたせいだ。だから、ついた気持ちで姉たちの助言を聞いてしまう。
「おーい、ヴァリーとアクアは洗い終わったぞ。お前らも身体を洗っちまえ」
「あっ、父ちゃん。はーい。交代みたい、行こっ」
「おとーもぉ、タイミングがいいのか悪いのかぁ」
「いいじゃないですか、守るべき父上らしくて」
そうだ。自分は搦め手で父上を守ればいい。守り方にこだわる必要なんて、ない。
三人で顔を合わせたら、少々おかしく思ってしまった。
グラスと並んでベッドに入る。夜は闇が安定するので一番の訓練時なのですが、健康に悪いと父上に言われているので素直に寝ることに。
朝の方が眠いので、時間をずらしてくれた方が自分的にはありがたいのですが。
「シェイ、起きてるか」
ベッドで仰向けになっていると、グラスがしゃべりかけてきた。
「どうしましたか」
「純粋な力って、本当に役に立つと思うか」
「らしくない質問ですね。役に立ちますから、自信を持ってください」
「……そうする。ありがとう」
どうやら、悩んでいるのは自分だけではないようです。受け売りでしたが、答えになったならよしですね。
おやすみ。




