732 弱者の意地
「どうして、そのまま魔王の座をチェルに渡さなかった。全てを失わずに済んだはずなのに」
どう考えてもタカハシのおっさんに魔王は荷が重いし、失う物だって多かった。
「そりゃチェルは強ぇよ。アスモのおっさんから魔王の使命を託され、達成する事だって余裕でデキたはずだ。けど同時に、勇者に討伐されるって死の宣告を受け入れなけりゃぁならねぇ」
魔王は勇者に討伐される運命、か。けどソレって、順当な事じゃないか。
「きっとチェルは幼せぇ頃から親に繰り返し言い伝えられてきたんだ。己の死を。魔王の娘に生まれてしまったばかりに、未来を閉ざされながらチェルは育ってきてたんだ。希望なんて描けないまま、ソレでも望みを捨てきれずに、常に不安を彷徨いながら。不憫で仕方ねぇじゃねぇか」
あの絶対強者が不安だったって。微塵も匂わせない不遜っぷりだったぞ。
「俺だって親ガチャに失敗したって理不尽に文句を言っていたさ。けどチェルは俺の比じゃなかった。ンでもって親子で愛されても愛してもいた。近くで見続けていたらよぉ、助けたくなっちまったんだ。親ガチャをどうこう言う前に、ガチャガチャ本体をブチ壊す気概を持たずしてどうするっつぅ話だっ」
ガチャがなんなのかはわからないけれど、気持ちだけは理解できる気がする。でも。
「助けたいって、逆立ちしても埋められない力の差があったじゃないか。無謀だとは思わなかったのか」
「弱ぇからこそ、強者の視界に止まりてぇのかもな。それに気付いたら惚(れちまってたんだ。社会に揉まれて心をすり減らし、個性さえも失っちまった何もできないおっさんがよぉ。女の子のために、意地を張りたくなっちまった」
惚れたって、たったそれだけを理由に意地になって魔王となったのか。
「ムチャクチャだ。例え上手くいったとしても、チェルが感謝する事なく雲隠れする可能性だってあっただろうに」
「バーカ。色恋沙汰に見返りを求める事自体が間違ってんだよ。恋愛ってのは泥臭くて沼のように沈むんだ。だからこそ、想いをぶつけて愛する事に意味があんだよ。役に立てたならそれだけでいいじゃねぇか。人の想いなんて常に一方通行なんだからな」
タカハシのおっさんが魔王になれなければチェルが討伐され、魔王になれればタカハシのおっさんが討伐される。
どう転んでも成就しない恋。なのに、自分の想いに身を委ねただって。
「じゃあ自己満足の為だけに、自分はおろか子供達の命まで差し出したっていうのか」
「仕方ねぇだろぉ。全力で差し出さなきゃチェルの運命を捻じ曲げれなかったんだ。この戦いを少しでもチェルが介入したら、きっとイッコクはチェルを魔王扱いしていただろう。タカハシ家総出でようやく、ギリギリ魔王の座をすり替えられた」
「身勝手すぎる。おまえソレでも父親なのかよ」
「ははっ。返す言葉もねぇや。けどな、俺だけがチェルを好きなわけじゃねぇ。子供達みんなも、チェルの事が好きなんだ。想いのあり方は間違ってるかもしんねぇけど、汲んでやるのもまた親の役目じゃねぇか。想いは一致しちまってたんだ」
一家総出の想いが、真の魔王チェルから魔王の呪縛を肩代わりしたのか。
「チェルは生まれが特殊で力は強いけれど、人に手をかけた事はねぇ。だからよぉ、静かに平穏に暮らさせてやってくれや。頼むわぁ」
ズルいじゃないか。最後にそんなお願いをしてくるなんて。受け入れなかったらボクは、外道にまで成り下がってしまう。
ボクは、無言のまま頷いたよ。




