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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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72 シェイの一日 その2

「シェイ、今から手合わせしないか」

 スキルの習得に喜んでいたアクアたちを見ていたら、後ろから声をかけられた。振り向くと金のたてがみに強い茶色のまなざしをしたグラスが、まっすぐ見つめてきた。

「グラス」

「アクアを見ていたら、いてもたってもいられなくてな」

 さすがは兄弟一の闘争心を持っている男です。

「いいですよ。正直、自分も身体を動かしたかったところです」

 微笑みがてらにあいた空間へと移動する。他の兄弟を巻き込まないための配慮だ。

「礼を言う。ところでシェイ、闇の剣は使わないのか。全力のシェイと()り合ってみたいのだが」

 さすがは闘争心の塊とでもいうべきか、危険をものともしない態度だ。応えたいのも山々なのですが。

「残念ながら、父上に止められています。自分も手加減をコントロールできません」

 グラスはがっかりしたように、そうかと小さく呟いた。

「それに、素手での戦いによって得られることもあると信じています。距離のとり方、立ち回り、グラスが相手だからこそ緊張感を持って対峙(たいじ)できるんです」

 口元をニヤつかせると、似たような笑みを返してきた。腕を胸の位置まで上げて、半身に構える。

「そうか、なら遠慮はなしだ。行くぞ!」

「心遣い、感謝します」

 自分も半身に構えて、グラスの出方を窺った。腕を下げて手を軽く握る。いつでも動けるように足をトントンと弾ませておく。肩が力みすぎないように注意する。

 力みは緊張の証、動きが硬くなる。あの鋭い爪が襲いかかってくると想像すると、どうしても意識をもっていかれる。

 一点に集中しすぎてはいけない。全体を眺める。挙動を見逃しては後手に回ってしまう。

 動きを見極めようと(けん)に回るが、グラスもなかなか攻撃に入らない。

 ……おかしい。グラスの戦闘スタイルは猪突猛進の先手を取るタイプ。更に(たぎ)っているはずなのに動く兆しすら見て取れない。戦略か、それとも……誘いか。

 見れば構えに隙が窺える。まだ至らない部分もあるのだろうけど、アレはわざとだ。

 なるほど、今回は自分に先手を(ゆず)るわけですね。では、胸を借りるつもりで……行きます!

 険しい表情に情愛を感じられて思わず微笑んだ。覚悟を決めると同時に、駆ける。

 自分が持っている武器は闇討ちとスピードの二つ。コレを駆使して、裏をついて見せますよ。


 闇を渡って動き回り、意表を突いた攻撃を幾度と繰り返した結果、自分は横っ腹で蹴りを食らって地面に倒れた。

 腹を手で押さえ、だらしなく口で息をしながら淀んだ空を見上げている。すると視界の上の方から、反転したグラスの顔が覗き込んだ。

「大丈夫か?」

「えぇ、重い一撃でしたが、なんとか」

 しゃべるとズキリと痛みが走る。感情に任せて泣きたいぐらいだ。

「口元が歪んでいるぞ。立てるか」

「もう少し、このまま休ませてほしいです。やはりグラスは強い。その力強さは訓練の賜物(たまもの)ですね」

 自分には決して辿り着けない、荒々しい獣じみた膂力(りょりょく)。憧れを通り越して恨めしいぐらいだ。

「何をバカな。俺はまだ全力のシェイには一度も勝てていないぞ。目標はシェイの全ての技を、俺の力で捻じ伏せることだからな」

 グラスの言う自分の全力とは、使える全てを使った状態のことだろう。冗談ではない、それで負けていては、立つ()がなくなってしまう。

「そう睨むなって。俺は器用じゃないから力しかねぇんだ。全てを強引に捻じ伏せられるほど強くならなければ、兄弟と肩を並べられないからな」

「グラス」

 驚いた。グラスから自信のない発言が出るとは。案外、心境は自分と同じなのかもしれない。

「今度は驚いたように目が見開いてるぞ。案外、顔に出るんだな、シェイも」

「これは見苦しいところを。ですがだからこその修行です」

「そうだな」

 グラスとはどこか似通(にかよ)っているかもしれませんね。

「なぁ、アクアと比べて俺は強いか」

 ふと見ると、茶色いネコ目が遠くで陽気に遊んでいるアクアを見つめていた。

「グラスの方が強いです。今は、とつきますが」

「なるほどな。シェイはどう見てるんだ」

「アクアは潜在(せんざい)能力が未知数でいて、クラーケンとのハーフでもあります。場所が整えば戦況を独占することも可能でしょう」

 槍を出したときは驚きましたが、使い方はなっていませんし。

「よくも悪くも特殊ってことか。だったら俺は、水中でも勝てるようにならないといけないな」

「グラス、あなたという人は」

 どこまでも貪欲なのですね。自分と違って熱を感じます。長男としての意地なのかもしれません。

 痛みが引いてきたので立ち上がる。もう、大丈夫そうだ。

「ん、もういいのか」

「はい、ありがとうございました」

 礼をしてからグラスと別れた。これから筋トレを再開するようだ。さて、自分はどうしましょうか。


「やあシェイ。君にむさ苦しい特訓なんて似合わないよ。どうだい、ミーと一緒に森に探索に行かないかい。ミーなら君に似合う花を見つけ出してみせるよ」

 清々しい気分を一滴でドロドロにしてしまう言葉をほざくバカが後ろから近づいてきた。白く長い髪をしたキザらしい男だ。

「それは寝言ですか。でしたら自分が今すぐに寝かせてあげますよ。そうすれば起きたまま寝言を言うこともなくなります」

 言葉を刃にひと睨みすると、前髪をかき上げながら白い歯をキラリと光らせた。いけない、見るだけで虫唾(むしず)が走る。

「シェイ、そんなに照れなくてもいいじゃないか。ほら、足りないならミーが目の覚める言葉をプレゼントするよ」

 両手を広げながら、まるで説得でもするかのように近づいてくる。説得が終わった瞬間に抱き着いてきそうで油断ならない。

 ですが、距離を開けるのもまた屈っした気がして嫌だ。

「冗談は存在だけにしてください。いえ、冗談でも存在しないでください」

 そもそもシャインはなぜだか気に食わない。生理的にムリなんて言葉がありますが、まさにソレにあたるのだから自分は驚いている。

 いきすぎた言葉だと思っていたのですが、実際に体験するとシックリきすぎて納得してしまった。

 普段は感情を抑えていますが、シャインを相手にしているときに限り不快さを前面に表すようにしている。

 闇を漂わせ、近づきがたい雰囲気を作り出している。はずなのにシャインは図太いのか鈍感なのか、迷うことなく足を踏み入れてきた。

 耳元まで顔を近づける始末だ。

「冷たいな。でも、ミーにだけはシェイの暖かな心を見せヒデブっ!」

 とりあえずボディーに一撃入れて沈めておいた。今度、アニメを研究して経絡秘孔(けいらくひこう)を突けるようにしよう。


「シェイってばホントに堅物ねー。ヴァリーちゃんみたいに軽くスルーすればいいのにー」

 赤いツインテールのヴァリーが、やれやれといった仕草をしながらしゃべりかけてきた。一部始終を見ていたようです。

「キヒッ、そういうなってヴァリー。冷徹(れいてつ)鉄仮面(てっかめん)女が柳のように受け流してたら、そっちの方が気持ちわりぃぜ」

 ヴァリーとは反対側から、紫のカリアゲをしたデッドが近寄ってきた。しゃべりは気軽ですが、赤い瞳はやる気に満ちている。

「挟み撃ち、ですか」

 二人はイタズラの気質が強く、兄弟の和を乱しやすい。悪さをしなければ多少は目をつむるものの、ムダに絡んでくる。

「やるなら別に構いませんよ。まとめて返り討ちにして見せます」

「キャハ。シェイってば強がっちゃって、かわいいー。まだ殴られた横腹が痛いんでしょー」

 笑顔とは裏腹に、オレンジの瞳は殺伐としていた。

 視線に身体が(きし)む。勝機あっての強気ですか。

「キヒヒ、弱点抱えた状況で二対一。テメェに勝ち目はねぇんだよシェイ。いつもの恨みを晴らさせてもらうぜ」

 目敏(めざと)く弱点を見つけ、攻める気迫はよし。ある種の才能すらも感じる。けど、その程度。

 ヴァリーとデッドが前後から跳びかかってきた。

 グラスの純粋な強さやアクアの潜在能力、そしてシャインの嫌悪感(けんおかん)に比べれば子供もいいところ。

「素直に弱点をつかせるほど、自分はお人よしではありません」

 魔力を通して、二人の影に力を流した。闇の触手が伸び、二人の足を絡めとる。

「うわっ! なんだこれ。ザケンナ!」

「きゃっ! なにこの気持ち悪いのー、とれないー」

「勢いはよかったですが、まだまだ甘いですよ。おいたをした罰として、昼食までそのままにしておきます」

 自分は捨て台詞を背に、二人から離れた。文句を背中に叩きつけられるが気にしない。

 時間をムダにしましたね。もう一度、精神統一でもしておきますか。

 二人を無視して、意識を闇に同化させた。


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