728 お手軽魔王セット
「わからない。子供達の事を深く愛していたなら、どうして切り捨てる必要があった。魔王の座なんて奪わなくても、真の魔王チェルも交えてタカハシ一家でひっそりと暮らす事もできただろうに」
タカハシ家が王都ロンギングを襲撃しなければ、少なくともボクの剣が新たな魔王へ向く事はなかった。
「ははっ。案外勇者ジャスは欲張りさんだな」
諦観に憐憫を込めた、乾いた笑み。
「世界っていうのは全部を選べるほど広くねぇ。だから、どっちかを切り捨てなきゃいけねぇんだよ。わかりやすくいやぁ、一枚の金貨で二枚分の買い物はできねぇってだけの話だ」
「お金で例えるなら確かに高望みだけれども、そんな理由で切り捨てられる話でもないだろう」
足掻けたはずだ。双方を手に入れられる最善の手段を見つけ出すために。そんな簡単に諦めていいはずないじゃないか。
「まっ、コレに至っては今言い争っても納得できねぇだろぉな。ちと長話しちまった。いい加減そろそろ、最終決戦といこうか。準備すっからちょっと待ってろや」
タカハシのおっさんは頭を掻きながら、玉座の後ろへと歩いてゆく。
いや戦う気があるなら最初から準備ぐらいしていようよ。思いっきり隙だらけな背中見せちゃってるし。いっそ準備に向かったフリして逃げてくれないかな。気付かないでいてあげるからさ。
あっ、しかもなんか床から拾ってるじゃないか。よく見たらアレコレ脱ぎ捨てて。
装備を見た瞬間、緩んでいた気持ちが吹き飛ぶ程の怖気を感じた。
「おいジャス」
「アレはヤバいよ」
「あぁ、わかっている」
タカハシのおっさんが身に着けている装備ひとつひとつに恐ろしいほど強大な力が込められている。
着込んだ肩パット付きのローブが、鎧が、ガントレットが、グリーブが、兜が、身に着けられてひとつになるごとに力が倍々と増してゆく。
「ソレは、私達が兄弟みんなで作ったお手軽魔王セット。まさかホントに使うなんて」
アクアが両手で口を覆いながら青い目を見開いて驚愕する。
「ってちょっとアクア。なんて装備を作り出してんのよ。身に着けただけでアクア達と同等の力を身につけてるじゃない。少しは度を弁えなさいよ、度をぉ!」
黙って話の流れを見守っていたエリスだったけど、あまりの産物が登場して思わず声を上げてしまう。
「あっ、うん。そうだね」
らしくない弱々しい返事。普段だったら笑顔で何でもないように会話を続けるはずだ。
「何よ、妙に素直じゃないの」
エリスも戸惑っているのだろう。気にはなるけど、ソレどころではない。
「なんって装備の力なんだ。見ているだけで押し潰されそうだ」
そして悲しい事に、身に着けているタカハシのおっさんの力がキレイすっぽり覆い潰されている。まるで中身のあるリビングアーマーのように、装備者の力ががらんどうだ。
いやコレ、まさか。
気になってアクアの方を振り返ると、顔面が蒼白になっている。
あの表情、間違いなさそうだ。
ボクは抜こうとしていた剣から手を外し、タカハシのおっさんの元へと近寄っていうのだった。




