725 異世界
「おまえは、おまえは一体何者なんだ」
ボクの中で絶対だった勇者と魔王の定義を崩そうとしている、このタカハシのおっさんは何者なんだ。
「俺はコーイチ。高橋浩一」
「タカハシ・コーイチ」
性を、先に名乗った。そんな名乗り方、聞いた事がない。
「チェルから魔王の座を奪った史上最速にして最凶、そして最弱の人間魔王」
コーイチは背筋を伸ばしてゆっくりと腕を組み、そして両足の踵をキレイに揃えて宣言した。
後方からアクアが、ベ○立ちとか呟いた気がする。
確かにコーイチが侵略を宣言してから世界中があっという間に侵略された事から史上最速とも最凶とも取れるだろう。そして情けない事に自分で言ってしまうくらい、誰がどう取り繕おうとも最弱だ。魔王史上どころか人間中でも最弱の部類だろう。
「ンでもって」
なんだ、まだ口上が続くのか。少々長いような気もするのだが。
「地球って世界の日本って国で生まれた、異世界人だ」
「いせ、かい?」
急に何を言い出すんだ。チキュウ、ニホン。まるで聞いた事のない地名だ。
「地球はイッコクと違って人は魔法を使えねぇし、魔物も存在しねぇ。エルフやドワーフなんてファンタジーもいいとこだぜ。種族は人間しかいねぇんだからよぉ」
「黙って聞いてりゃデタラメ言いやがってよぉ。魔法もないのにどうやれば人は生活できんだよ。あり得ねぇだろぉ」
「人間しか種族がいないってのも聞き捨てならないねぇ。どんな人種差別をしてるんだい」
ワイズとクミンが堪えきれずに声を上げる。魔法使いが魔法を否定されては黙っていられないだろうし、ドワーフなんていない者扱いだ。怒りが込み上げてくるのはもっともだ。
「科学と技術を進歩してんだよ。ンだな、地下鉄や自動ドア、エレベーター辺りは体験したんじゃねぇか。規模は小さくなるが、あんなもんは人が暮らしている所にはどこにでもある機械なんだぜ。勿論本来は魔力じゃ動いてねぇ」
あんな異質物がどこにでもある世界だと。しかも魔力なしで。あり得ない。あり得ないけど、魔王城タカハシへ至るまでに散々見せられてしまっている。否定しきれないぐらいに。
「あと人間至上主義じゃなくて本当に人間しかいねぇんだからソコは理解してくれや。存在しない相手は差別すら出来ねぇんだからよぉ。ただ不思議と物語の中には出てくるから異種族はある意味憧れでもあんだぜ。なんせ人間は弱ぇかんな」
常識や価値観が違いすぎる。言われてしまえば生まれた世界が違うと受け入れた方が納得できるぐらいだ。
「それとさっきから俺を弱者扱いしてっけど、日本じゃ俺の身体能力は平均ぐらいなんだぜ」
平均。この弱さで平均だと。もしも本当だとしたら、その、不憫すぎる。あまりの事実に憤慨していたクミンでさえ目を逸らしたぐらいだ。
「俺から言わせりゃテメェらの方がバケモン過ぎるだけなんだがな。さっき言ったとおり魔物なんていないから、人間が何かに脅かされる事は滅多にねぇぜ。日本ではな」
「つまりそれは、ニホンは平和って事なのかい。だとしたら羨ましい限りじゃないか」
聞く限り夢物語の理想郷じゃないか。不運があるとしたら、なぜかイッコクに来たぐらいだ。
「平和、ねぇ。存外平和って、あんまいいもんじゃねぇかもしんねぇぞ」
平和が、あまりいいものじゃないだって。
贅沢すぎる否定に、ボクは頭がついていけなくなった。




