724 無意識のエゴ
「みんなは手を出さないでくれ。必ず、なんとかしてみせるから」
ボクは魔王城タカハシの最奥までついてきてくれた仲間達を見渡してから、一人タカハシのおっさんの元へゆっくりと近付いてゆく。
「勇者ってのは徒党を組んで強大な敵に立ち向かうものと思っていたんだがな。だが最終局面で魔王との一騎打ちも華があんじゃねぇか。おもしれぇ」
対するは及び腰になりながら一歩も動けずに大層なセリフを吐く自称魔王。早く負けを認めてほしいんだけどな。
「戦いになると凄く痛くて怖い思いするけど大丈夫かい。意地を張っていないで真の魔王チェルと交代する事を勧めるけど」
デキる事なら説得で決着をつけたい。ダメならアクアには申し訳ないけれど、タカハシのおっさんにはほんのちょっぴり痛い思いをしてもらわないといけなくなっちゃうな。
「かぁー。さっきから聞いてりゃチェル、チェルよぉ。本命の魔王が目の前にいンのに浮気してんじゃねぇっての。おら、さっさと剣を抜いて力を見せてみろよ。なんならハナから必殺技でもブっぱなってみっかぁ」
安い挑発に寿命を削るほどの見栄が込められている。真の魔王チェルがこの場を任せるだけあって、洗脳の深さが垣間見えてくる。
それに間違ってブレイブ・ブレイドなんて放ってしまった日には、か弱い命が何もできずに一瞬で散ってしまうではないか。
「どうして命を張ってまで真の魔王チェルを庇おうとするんだ。完膚なきまでの力に脅されていたのだとしたら、今が助けを求めるチャンスなんだぞ。彼女は逃走したのだから」
本当に逃げてこの場にいないのだとしたら心に希望の芽が出るはずだ。少しでいい、助けを求めてくれ。
「クっ、ははっ。そうか、チェルは無事に逃げたか。それなら時間稼ぎとか考えなくていいわけだ。全力でぶつかっていけっぜ」
タカハシのおっさんは一笑すると、安心して覚悟を決めてしまう。そしてあろう事か、逃げてしまった事を疑っていない。つまり、盲信している。
「わからない。おまえだってわかっているはずだ。彼女がいかに強大で、おまえなんて足下にも及ばない存在だっていう事が。ボクを足止めする実力がない事だってわかっているんだろう」
「あーやだやだ。女のケツにご執心な勇者なんてよぉ。ハッキリ言ってわかんねぇのは俺の方なんだぜ」
この期に及んで何がわからないっていうんだ。どう言葉を尽くせば教えられるのかをボクが聞きたいぐらいだ。
「なんでテメェはチェルに執着してんだよ。言っとくけど、アイツは何もしてねぇぜ。先代魔王アスモデウスが顕現していた時も、オレ達タカハシ家が急激な侵略活動をしていた時も、ずっとな」
まさかの事実に驚愕してしまう。何もしていないという言葉が脳裏に焼き付けられる。
「そんな、バカな事あるか。魔王アスモデウスの娘なら顕現していた時に侵略で得た甘い蜜を吸っていたはずだ。悪しき事と知っていながら。そうだ、やはり魔王足るに相応しい理由があるじゃないか」
首をブンブンと横に振り、思いつく否定を絞り出す。
「そりゃ子供は親を選べねぇよ。理屈は理解できっぜ。つまりオメェは、犯罪者の子供も問答無用で犯罪者って断罪できんだな。例えどんなに親の行いを恥じて更生しようと足掻いていたとしても」
「ソレは」
もしそんな子が必死に足掻いていたとしたら手を差し伸べるべきだ。生まれを理由に迫害をするなんて許されちゃいけない。
「ついでに言うとそこにいるアクアはヴァッサー・ベスで孤島ごと無数の人間を海の藻屑にしてきた極悪人で、俺はソレに指示を出していた親分だぜ。どうしてそんなヤツらを許そうとしておいて、チェルだけが許されねぇんだよ。考えちまうとわかんねぇ事だらけだ」
不意にアクアへ振り返ると、動揺する事なく堂々とボクたちの攻防を見守っている。罪悪感なんて存在していないというように。
「勇者も大してその辺の人間と変わんねぇんだよ。気に入った者とつるんで、気にくわねぇ者を排除する。違うんだったら、アクアも俺も助けられちゃいけねぇんだよ」
気付いたら圧倒されていた。名前すら存在感がなさ過ぎて覚えられない弱者に、事もあろうか倫理観で。
勇者とは、魔王とは、一体なんなんだ。




