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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
最終章 最弱の
724/738

723 HP1の万全

 思い出してみれば魔王アスモデウスと対面した時は一歩を踏み出すのに物凄く覚悟をしたし、ただ歩くだけで緊迫感が果てしなかった。

 タカハシ八兄弟と対面した時もそうだ。

 真の魔王チェルなんて止まっていたら()られると恐怖で身体が動いたほどだ。

 今ボクはなんの怖気(おぞけ)も覚悟も緊張感もなく()を進めている。

 魔王アスモデウスを討伐(とうばつ)して王都(おうと)ロンギングに凱旋(がいせん)した時はどうだっただろうか。たくさんの人に喜びで出迎えられて恥ずかしく、ただ帰ってきただけなのにと申し訳なくなった記憶がある。

 ロンギングで戴冠式(たいかんしき)なんかも(おごそ)かな空気感に加えて、国の方針を決めるお偉い様方に囲まれて足が(すく)んだっけか。

 何かに(ひい)でた人にはそれなりの雰囲気と緊張感があって、民間人でさえ期待と羨望の眼差しは心にプレッシャーを与える。

 アクアに裏ボスと言わしめる自称(じしょう)魔王のおっさんには、それら全てがかわいそうなぐらい適応(てきおう)されない。

 いくら近付こうとも変わらない。隠していた潜在能力(せんざいのうりょく)があるわけでもなければ、急激に筋肉が(ふく)れ上がる事もない。

 かといって魔力を感じるかと言われれば、皆無(かいむ)だ。

 でも、あれ。気のせいでなければ最初見た時より、タカハシのおっさんは(やつ)れてないか。だとしたらこんなムリな大役(たいやく)から降ろして早く休ませてあげなければ。

「クククッ、いいねぇ勇者。コレから起こる壮絶な戦いを思うと武者震いが止まらねぇぜ」

 アクアが事前に言っていた通りだ。気の毒になるほど震えてるじゃないか。歯なんてガチガチしてるぞ。

「単刀直入に聞こう。真の魔王チェルはどこへ行った」

 後ろで待つ仲間達からは何の反応もない。ボクの問いに反論がない証拠だろう。みんな倒すべき相手を胸中に浮かべている。アクアを除いて。

「ん、おいおい。つれねぇ事言うなよ、俺の勇者。おまえの魔王はチェルじゃなくてこの俺だぜ」

 親指を自分に向けながら強張(こわば)った笑みを浮かべるタカハシのおっさん。若干(じゃっかん)ちゃかしているかもしれないけれど、ふざけてはいない。

 ただ、あまりの無謀(むぼう)さに苦笑が浮かんでしまう。

「すまねぇけどアクア、ドアが開きッぱだと逃げられそぉだかんよぉ、いっちょ閉めといてくんねぇか」

「はーい」

 アクアはお父さんのお願いに平和な返事をすると、ドア側の壁付近まで小走りで向かった。よく見るとボタンがあり、押すと開いていたドアが自動で閉まっていく。

「ちょっと待ちなさいよアクア。それボタンで開け閉めできる扉だったわけ」

 誰もが思い浮かんだ疑問をエリスが代弁(だいべん)してくれた。ボク、重くて開けるのに苦労したんだけどな。

「そうだよ。ボタンで開け閉めできるようにしないとお父さんお部屋を出入りできなくなっちゃうもん」

「あっ、そぉ。あぁ、そぉ!」

 髪を()(むし)る勢いで声を震わせながら、エリスはツッコミたい事を飲み込んだのだろう。

 自分の城の扉を開け閉めできない城主はどうなんだとか、ボタン式で扉が開閉(かいへい)する魔王城は情けなくないかとか、そんなとこだろう。

「ありがとな、アクア」

「お安いご用だよ。それよりお父さん、だいぶ()せたね。ご飯、ちゃんと食べてた」

 一家庭で行われる温かい談話(だんわ)が開始される。願う事ならこの空気がこのまま続いてほしいんだけどね。どこかでぶち壊さなきゃいけないとなると、胸が痛いよ。

「おう、モリモリ食ってたぜ。勇者と戦うにゃ力つけなきゃいけねぇかんな」

「そっか。体調はバッチリ万全なんだね。その勢いで勇者を倒しちゃおうよ」

 勇者(ボク)を目の前にしながら交わしていい会話じゃないのもあるんだけど、内容が白々(しらじら)しすぎてもぉ聞いていられない。油断すると泣けてきそうだ。

 まるで幼い娘がお父さんを好きなあまり世界一かっこいいと言って、お父さんが誇張しながら応えて笑い合うような、どこの一般家庭にも何度かあったであろう幸せな一幕じゃないか。

 アクアだってタカハシのおっさんだって、幻想(げんそう)で溢れかえった会話をわかっていながら(つむ)いでいる。

「よっしゃ。そんじゃ、娘にかっこいいトコ、見せてやんねぇとなぁ」

 タカハシのおっさんは玉座に沈んでいた重い腰をよっこらしょと持ち上げ、戦う前から満身創痍(まんしんそうい)の身体で勇者(ボク)の前に立ちはだかったよ。というか戦わないでくれ。

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