721 苦い裏ボス
「そろそろいいかな。いよいよだねジャス。真打にして裏ボス、お父さんとの最終決戦だよ」
真の魔王チェルが立ち去った瞬間に殺意を泡のように弾けて消したアクアは、明るく期待に満ちた声色の笑顔に変わった。
切り替えの早さに頭が追いつけず呆然としてしまう。
「いやアクア。真打はわかるけども、裏ボスってなんだい」
故にすっとんきょうな質問を返してしまう。それどころじゃないはずなのにね。
「裏ボスっていうのはラスボスの後に出てくる、ラスボスより強い強敵の事だね」
ラスボスよりも強い強敵。やはり真の魔王チェルの事では。だってあの冴えないおっさん、比べるまでもなく弱いし。
「勇者ジャスで例えるならラスボスが魔王アスモデウス。ラスボスっていうのは物語の最後に立ち塞がるボスの事。物語なら最後のボスを倒したらおしまいで、愛する人と幸せに平和な暮らしをしてめでたしめでたしになるわけでしょう」
「そう言われると照れてしまうね」
イッコクの歴史には何度か魔王が顕現しイッコクを陥れ、その度に勇者が討伐して平和をもたらしている。
魔王討伐のひとつひとつが伝記として残され、次世代へと伝えられている。自覚はなかったけども、ボクもその物語のひとつに加わったんだって、今自覚させられた。
タカハシ家が立ち上がらなければボクは、何も知らずにめでたしめでたしとなっていたのだろう。
「そして裏ボスっていうのは物語に直接関わっていないけど、ラスボスよりも強い強敵の事なの。本来の意味はね」
確かにタカハシ家との戦いは物語の外の話になるだろう。けどボクに直接関わりがないかと問われると、人生を狂わせるほど関わっている。よくも悪くも。
「色んな意味で頭が痛くなる話だねえ」
「同感だぜ。理解はデキんだけど、本能が理解を拒否しちまってらぁ」
クミンとワイズが苦々しい表情でなんとか話を飲み込もうとする。
「ていうかそもそも、なんでアクアのお父さんが裏ボスになるわけよ。だってさっきの、チェルって女の方がよっぽどか裏ボスしてるじゃないの」
エリスが裏ボス説明の一番苦い部分をド直球でアクアに尋ねた。ボクもこの苦い部分があるから、なかなか話を飲み込めずにいたんだよね。
「それはね、まだ内緒。そろそろ行こうよ。あんまり待たせちゃうとお父さん、うたた寝しちゃうかもしれないから」
アクアは意味深にはぐらかすと、場を急かした。
「あっ、ちょっとアクア」
「ゴーゴー」
アクアはうろたえるエリスの手を握ると、元気に腕を振りながら鼻歌交じりに引っ張っていったよ。
ここまで来て何を隠さなければいけないのだろうか。まだって事はいずれ教えてくれるつもりなのだろうけども。
ボクもワイズやクミンと顔を合わせてヤレヤレと思いながらついていく。
数十秒ほど進むと二人は、大きくて豪華に装飾された扉の前でボクたちを待っていたよ。




