714 全力で頼る忍耐
「うそ、だろ。クミン」
乾いたワイズの声がこぼれる。
「そんな、クミンが」
エリスの茶色い瞳が大きく見開かれる。
「さぁ勇者、次はおまえだ。ブレイブ・ブレイドのチャージ、中断させてもらおうか!」
魔王グラスはクミンに興味を失ったとばかりに視線を外し、ボクへと標的を定め迫ってきた。
叶う事なら今すぐに、その自信に塗れた顔面を思いっきり殴り飛ばしたい。けども、ここでブレイブ・ブレイドを投げ出したら、クミンの覚悟を躙り潰してしまう事になる。
「ワイズ、エリス。ボクを守ってくれ!」
ボク一人がみっともなさを曝して糸口を掴めるのなら、いくらでもみっともなくなってやる。他人任せだろうとも必ず完成させ、必殺の一撃を浴びせてみせる。
「任せろっ! クリエイトアイスっ!」
「いい加減、留まりなさいよっ!」
ボクと魔王グラスの間を遮るようワイズが分厚い氷壁を作り出し、エリスが矢を連射して動きを阻害する。
「今更こんな壁如きで留まる俺ではないわっ。獣爪拳っ!」
右の剛爪が氷壁を掻き上げ、巨大な爪痕を刻む。
「むっ、分厚い氷だ」
「ったりめぇだ。俺の魔力をほぼほぼ注ぎ込んだ壁なんだ。そう簡単に砕かれて堪まっか」
ワイズがエリクサーを煽りながら啖呵を切る。
魔王グラスが立ち往生している間も、背後から矢の群れが迫りゆく。このまま封殺できるのなら、ソレでも構わない。
「フンっ。貴様らの希望など、鍛え上げられた鋼の筋肉で押し潰してくれよう。はっ!」
両足を踏ん張り全方向に気迫を放つ攻防一体の技が、抉れた氷壁を更に削り飛ばしながら飛来する無数の矢を弾き返す。
マズい。もう一撃で壁が開通する。
そう危機感を感じた時には、遠心力を加えた回し蹴りで氷壁に風穴を開けられていた。
「待たせたな、今行くぞ」
誰が待ってるものか。まだチャージは終わっていない。魔王グラスを相手に中途半端な一撃なんてムダ弾もいいところ。最低条件が最大チャージなんだ。溜まれ。溜まれっ。
歯ぎしりしながらの祈りを、嘲笑うが如く距離を埋めてくる肉食獣。
ワイズとエリスの援護は分厚い氷壁に阻まれて機能しなくなっている。
殺される。けどもボクは、溜まりきるまで待つしかデキないんだ。無力でも、勇者の役目を全うしてやる。
「槍雨」
「何っ!」
室内に降り出した槍の雨が魔王グラスを襲い、進行から回避へと移行させる。
アクアがいつの間に、氷壁の内側にいた。傷ひとつないところを見るに、エリクサーを消費している。
「今日の天気は雨のち槍ってね。前だけ見てると不意打ち食らっちゃうんだから」
アクアがしてやったりと微笑んだ。ようやく、機能した攻撃にご満悦なようだ。
「ひとつ不意打ちが決まったところでいい気になるな。なっ!」
槍の雨を躱しきりアクアを睨んでいた魔王グラスに、後ろから誰かが羽交い締めを極める。
「忠告されてただろう。前だけ見てると食らうってね」
「おまえは、クミン。生きていたのか」
振り解こうとしながら驚愕の声が上がる。
「あいにくワシは悪運が強くてねえ。叩きつけられた衝撃で服に仕込んであったエリクサーの容器が砕けたのさ。おかげでギリギリ命を繋ぎ止めたけれど、嫌な回復のしかたをしちまったよ。破片を皮膚から取り出す時の事は考えたくないね」
ボクの渡したエリクサーがクミンの一命を取り留めていたのか。怨嗟混じりの拘束は強固で、力を溜める充分な時間を生み出してくれたのだった。




