70 母親のたちの気持ち シャドー編
俺は魔王城の廊下をシェイと一緒に歩いているつもりだ。傍から見たら一人に見えるかもしれないけど、ちゃんとシェイはいる。
「なぁ、シェイ。いつものように手を繋いで歩かねぇか。ちょっと味気ねぇんだけど」
「影潜りの練習につきあってくれるといったのは父上ですよ」
俺の影からシェイの声が聞こえてきた。真下からしゃべられると、ちょっとした恐怖を感じるぜ。
「安定しない影に潜るのはいい訓練になります。このまま母上の部屋まで行けたなら、次の訓練に取りかかれるかもしれません」
魔王城は光の魔法で等間隔に照らされているからな、影がブレて入りにくいのかも。
「ひょっとして、かなりツラいんじゃないか」
「だからこその訓練ですよ。それに自分は普通に歩くと父上のペースについていけません。ですが影に潜れば父上のペースで歩くことができますよ」
これって、シェイなりに気を使っているのかも。ったく、情けねぇ父親なもんだ。
さて、どうすればシェイにムリをさせないですませるかねぇ。普通に言っても聞かねぇ気がするし……よし。
「ありがとなシェイ。さすが自慢の娘だ」
「自分なんかに、もったいないお言葉です」
謙遜するようでいて抑揚のないセリフだったが、どことなく嬉しさがにじみ出ている。
「だけど、一人で歩くのってちょっと寂しいな。隣で手を繋いで歩いてくれるだけで、ぬくもりがあって安心できるんだけどなぁ」
わざわざ寂しげに瞼を下げて、大げさにリアクションする。
「寂しい、ですか」
「あぁ、こういっちゃアレだけど、俺も寂しがりやだからな。独っきりは嫌なんだよ」
俺が呟くと、沈黙が返ってきた。影の平面にシェイの大きな一つ目が映し出される。黙ったまま歩いていると、シェイが影から飛び出てきた。
フィッシュ! たぶん釣れた。
「どうした、シェイ」
思惑を顔に出さないように、不思議そうに尋ねる。
「遅くてもいいのなら、自分が一緒に歩きますよ」
パッチリした瞳を上目遣いに、白くやわらかな手を繋いでくれる。恥ずかしいのか、頬は赤く染まっていた。
「シェイ……ありがとな」
ギュっと握り返してから、シャドーの部屋へとゆっくり向かっていった。
シェイと一緒に真っ暗な部屋に入る。奥に進むとドアが勝手に閉じ、光がシャットダウンされた。
「相変らず雰囲気のある部屋だな。気温は変わってねぇはずなのに、寒気を感じちまうぜ」
「父上、大丈夫ですか」
唯一見ることができるシェイの一つ目が、足元から心配そうに覗いてくる。
「大丈夫。もう何度も来てるんだ。さすがに慣れてるよ」
「そうムリをするなコーイチ。人間は暗闇を怖がる生き物です。痩せ我慢は心に毒ですよ」
「うひゃあ!」
耳元から弦楽器のような高音で囁かれ、思わずゾクリとしちまった。
「ほら、ちょっとつついただけでボロが出ましたよ」
平坦ながらも愉快そうな声が響いた。形は見えないがシャドーの仕業だ。
「母上、今のはイタズラがすぎると思います」
「ふふっ。シェイに怒られてしまいましたね」
昔は感情なんてカケラも感じられないシャドーだったが、シェイを産んでからやさしさを感じられるようになった気がする。母親の愛情ってやつかもな。
「十日ぶりですね、シェイ。精神の落ち着きよう、成長を窺えますよ。進上していますね」
「ありがとうございます。母上、今日もよろしくお願いします」
シャドーはどうか知らなけど、シェイは頭を下げた。
にしても言葉に温度がないな。聞いただけじゃ母娘の会話に聞こえないのがある意味すげぇ。
などと感心していたら、シェイの瞳が部屋の奥へと向かってしまう。
「あっ、ちょい待ち」
いかんいかん。闇の間がどれくらい深いか知らないけど、目に見える範囲で聞いとかなきゃな。
「父上?」
「どうしましたか? コーイチ」
シェイが振り向いて見上げる。恐らくシャドーも隣で振り向いているだろう。
「シャドーに聞いときたいことがあってな」
って言っても、こいつの場合は理由があるか怪しいところなんだけどな。
「俺との子供を作った理由を教えてほしい」
「コーイチのその問い、何か確信のあるものに迫りましたね」
うわぁ、一発で見抜かれた。さすがはシャドーってところか。敵わねぇぜ。
「母上、チェル様の命だからではないのですか」
俺が感心していると、シェイが疑問を投げかけた。
「勿論、チェル様が望んだからです。自分は、自分たちはそのために生きていますから」
諭す言葉には誇りが宿っている。間違いなんて何一つないんだと言い切るようだ。
「一応、俺は食堂のことを知ったと言っておく。改めて、本当に命令されたからか?」
「やはり知りましたか。そうですよ。おかげで優秀な子宝に恵まれ、将来は安泰です。命令されるがままでしたが、今は間違いではなかったと自信を持って言えます」
暗くて表情は見えないけど、自信を持った凛々しい顔を浮かべているんだろうな。
「それに、あの方は魔族から見てもまっすぐで尊敬できます。だから尽くせます。シェイ、あなたも尊敬できる人のためになりなさい。失敗してもいいです。忠誠を誓えることが大切なのです」
「はい。母上」
尊敬、それがシャドーの中核ってやつか。真っ暗なのに眩しい生き方をしてやがる。
受け答えするシェイの瞳も、まっすぐで眩しかった。
「ではコーイチ。自分はシェイの訓練をしてきますね」
「おう、引き留めて悪かったな」
「構いませんよ。コーイチのためになるのなら。行きますよ、シェイ」
シャドーは期待を込めた言葉を残して、シェイと闇の奥へと消えた。
ちっ。俺の迷いに気づいときながら、重たいもんを押しつけやがったな。決断するのが、キツイぜ。




