708 飾り
「ほぉ、エレベーターから来たか。勇者も俺との戦いがよほど待ち遠しかったとみえるな」
ドアが開いた瞬間、遠くに仁王立ちして待つ魔王グラスの姿が映った。本当に最短かつ直通だったよ。急に暴力的な威圧感に曝されるのは心臓によくない。
「お待たせグラス。みんなから最短のルートを所望されちゃったからね。もう準備万端だよ」
「ウソつかないでくれる。最短のルートは頼んだけど、覚悟したのはたった今なんだからね」
エリスが文句を言いながら、一歩踏み出し弓を構えた。
「ワシらも焼きが回ったもんだね。チームの最年少に皮切りを任せちまうんだから」
クミンが大剣を手に持ちながら歩を進め、魔王グラスを睨み付ける。
「そうだね。今更ひよってなんていられない。魔王グラス、ボクたちは今日ここで、タカハシ家の悲しき輪廻を断ち切ってみせる!」
先頭まで進み、剣先を向けて宣言をする。ボクたちは、負けない。
「くっくっ。意気込みやよし。そうでなくてはおもしろくないからな。さぁ、そこの魔法使いもこのフロアへと踏み入ってこい」
魔王グラスは不適の笑みを浮かべながら、エレベーターに留まっているワイズへ挑発をかました。
「うっせ。そこにいる連中のように強敵相手にすんなり覚悟を決めれるほど、オレは狂人じゃねぇんだよ。足の震えぐらい許しやがれ」
ワイズが怯えている。ムリもない。チームの中で一番理知的である故、理解している恐怖をなかなか振り払えないのだろう。覚悟をする時間が足りなさすぎた。
「ねぇワイズ」
「ンだよアクア。臆病だって笑う気か」
「早く出ないとエレベーターのドア、勝手に閉まるよ」
「はっ?」
アクアが指摘すると、エレベーターのドアがゆっくりと閉まりだした。
「ちょっ、待て待てコラぁ!」
慌てて走り降りるワイズ。締まりは悪いけれど、全員が戦場へ足を踏み入れた事になる。
「なるほど。勇者一行はコントも一流のようだな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「受け取んじゃないわよアクア。魔王グラスもボケてんのかガチなのかわからないテンションで頷かない」
エリスは忙しそうだな。タカハシ家のペースに乗せられていると言えなくもないけれども。
「まぁいい。アレを見ろ」
グラスは後方上空を振り向いてボクたちの視線を促した。
素直に追うと、黒く輝く剣と白く濁った剣がクロス状になって飾られていた。一対の双剣なのだろう。双方とも剣そのものに魔力を感じられる。
「おいジャス、アレ」
「あぁワイズ、こんな事が起こるなんて思わなかった」
まさか戦いに使うであろう強力な武器が、壁に飾られているだなんて。
「黒明、白暗。これからお前らと相対する双剣の名だ」
「フリーズぅ!」
魔王グラスが悦に浸って武器を自慢しているところへ、ワイズが不意打ちの凍結魔法を放つ。
「何っ!」
「ワイズっ!」
タカハシ兄弟が驚愕するなか、ワイズの凍結魔法が壁の双剣を凍らせた。
卑怯だろうがなんだろうが構わない。武器破壊をする千載一遇のチャンスが開幕に転がっていたんだ。逃せるほどボクたちに余裕はない。
「ヤりな、ワイズ!」
「わかってらぁ。トップインフィルノぉ!」
続いて放たれる轟熱の火線が、凍てつかせた氷ごと双剣を粉微塵に破壊した。
「なっ!」
目と口を見開く魔王グラス。当然だろう。戦う前から武器を砕かれたのだから。そしてその隙を逃すほど、ボクたちは甘くない。
ボクとクミンは同時に走り出した。クミンは迂回をし、ボクはまっすぐ魔王グラスへと跳びかかる。
「ちょ、ダメだよジャス!」
アクアの制止が聞き流しながら、振り上げた剣を全力で下ろす。
言いたい事はわかる。最終決戦なんだから正々堂々と戦おうとか、そういった感情が入り交じっているのだろう。弟の戦いへの思いも汲みたいのかものかもしれない。
けども、実戦に甘い考えなんて通用しないんだ。この先手で一気に決める。
「グラスは素手の方が強い!」
えっ?
振り下ろされる剣の向こうで、魔王グラスが獰猛な笑みを浮かべながら茶色く輝いたのだった。




