704 宝箱みたいな
「そろそろ出発しよう。ここは居心地がよすぎて、決断しないといつまでも入り浸ってしまいそうだ」
ボクは立ち上がり、窓の外にある魔王城タカハシを眺めた。
「なんなら一泊ぐらい休んでもオレはよかったんだけどな」
ワイズがどっこいしょと、重い腰を上げながら軽口を叩く。
「グダグダ言ってないで働きな。頼りにしてんだからね」
クミンは立ち上がると、大剣を背負い直す。
「こんなタイミングじゃなかったら、アクアのアルバムをじっくり見れたのにな」
エリスは後ろ髪引かれる思いで立ち上がり、んーっと縦に伸びをした。
「あっ、ちょっと待って。ちょっと持っていきたい物があるんだ」
アクアが出発を制止すると、パタパタと家の奥へ走っていった。思い出の品でも持ち出したいんだろうか。
暫く物色する物音が聞こえた後で、アクアは箱を両手で持って戻ってきる。
「お待たせ、はい、コレ」
「いや箱を差し出されても。なんなのよソレ」
「フォーレ特製のエリクサーが作り置きしてあったんだ。一ダース。グラスとの戦いで必須になると思うから、みんな懐に忍ばせておいてね」
エリスの問いに満面の笑みで答えるアクア。気軽に差し出された超貴重な回復薬に気が引けてしまう。
「いやありがてぇけどよぉ、気軽に一ダースもドンと出てきていい代物じゃねぇだろ」
「しかもお手製ってところがタチ悪いね。何食わぬ顔で気軽に量産していそうだから恐ろしいよ」
「宝箱みたいな家しないでよ。つくづくタカハシ家は常識ぶっ飛んでるわね」
ワイズがツッコみ、クミンが気付き、エリスが吐き捨てる。
この家、探せば探しただけ諸々出てきそうで怖い。
「でもエリクサー要るでしょ」
「絶対に要るから返す言葉に困るよ」
アクアの追撃に打ちひしがれながら、エリクサーを二本手に取る。
「もう一本持っとけジャス。勇者が頼りなんだからよぉ」
ワイズが一本取って押し付けてくる。
「いや、ボクよりも撃たれ弱いワイズやエリス、前衛で傷つきやすいクミン、何よりアクアを優先すべきだろ」
「いいから三本持っときな。ワシもワイズも二本で充分だからね」
ボクの意見をクミンが封殺する。拒否権はなさそうだ。
「決まりだね。じゃあ残る五本はエリスが持ってね」
「自分をカウントしなさいよバカ。アクアも三本に決まってるでしょ」
すっとぼけたアクアに一喝を入れながらエリスが五本取り出し、内三本を押し付ける。
「やだな。私みんなより丈夫な自信あるよ」
「いいから黙って懐にしまう。で必要な時は自分のために使いなさい。いいわね」
エリスが睨みながら顔を近づけアクアに圧をかける。冷や汗をかきながらコクコク頷くと、納得して顔を離した。
「ははっ。今度こそ準備はできたようだし、行こう、みんな」
号令を取ると、強い眼差しでの頷きが返ってきた。身が引き締まる。真の魔王チェルよ、首を洗って待っていろ。
「いってきまーす」
玄関を出る際、アクアの平和な挨拶に緊張感が乱されたよ。お邪魔しましたぐらい、言った方がよかったのかな。




