702 対になる者
「ねぇアクア。戦いが終わったら一緒に旅をするわよ」
魔王グラスが家を出てから、真っ先にエリスが話を振った。アクアはキョトンとしてしまう。
「へっ、いきなりどうしたの」
「今度は戦いなんて考えないで、地方の景色を楽しんで、郷土料理を満喫して、いろんなかわいい服をたくさん着るの。約束だからね。だから、絶対に生きて帰るわよ」
「エリス。そうだね、楽しそうだね。イッコクはまだまだ広いもん」
エリスが猛追するも、アクアはやんわりと躱してしまう。言質を、取らせていない。
「わかった。アクアが死んだらアタシも後を追うから」
「それはイヤだな」
「だったら生きなさい。いいわね」
「もぉ、エリスは厳しいなぁ」
苦笑を浮かべるアクアに、エリスは一旦納得したようだ。
「いやぁ、エリスは執念深ぇな。ンで気になってたんだが、魔王グラスはこのコップで何がしたかったんだ」
ワイズが茶化しを入れつつ、カップを指で摘まんで観察しながら疑問を口にする。
「ワイズが選んだコップってエアのなんだよね」
「はぁ」
「ジャスはフォーレでクミンはデッド。エリスは私のだよ」
僕が選んだコップがフォーレのか。
「コップの下りは本当に遊びだったんだね」
「デッドのねえ。飲んでから毒でも入ってるんじゃないかと心配になってきたよ」
「アタシがアクアのを選んだなら、アクアは誰のを選んだのよ」
「シェイのコップだよ」
妙に納得したけど、仮にフォーレのコップも残っていたらどっちを選んでいたのだろうか。少し気になるな。
「にしても、なかなかいい家だね。調度類もオシャレで実用的だし、飾りも細やかだ。ん、アレは」
棚の上で光を反射させた絵画のような物に目が止まる。アクアが立ち上がると、手に取ってテーブルまで運んでくれた。
「写真っていうの。景色を撮って記録できる物だね。コレは家族みんなでヴァッサー・ベスに視察に行った時の写真。懐かしいなぁ、この時フォーレが海に流されちゃったんだっけ」
「なんでだろ、逆らう事なく波に攫われる姿が想像できるのは」
アクアの思い出話にエリスが思わずゲンナリしてしまう。
アクアは思い出話が楽しくなってきたのか、アルバムなる物を引っ張り出してきてエリスと見だした。過去を教える姿がとても微笑ましい。
手元の写真に視線を戻す。映るタカハシ兄弟はみんな幼く、かなり露出の多い服を着ている。みんな表情が生き生きとしていて、幸せそうに笑っている。真ん中にいるのがコーイチと、その隣は。
見覚えのある黒い角。冷ややかに微笑む女性を見た瞬間、ボクは確信を持って注視した。
「おっ、凄ぇ別嬪さんがいるじゃねぇか。あまりにキレイすぎて釘付けになってぜジャス」
「ほお、珍しい反応だねえ。ジャスはこういう女性が好みなのかい」
ワイズとクミンが左右からからかってきたが、ソレどころではなかった。
「コイツだ」
震えつつも、鋭い声が出る。
「コイツがタカハシ家を裏で操っている真の魔王。倒すべき、敵だ」
「なっ、マジか!」
「聞き捨てならないね!」
ワイズとクミンも魔王の女性に注目をする。初めて見るけれどもどこか、何かの面影を感じさせられる。
「チェル様は魔王じゃないよ」
勇者の直感を、アクアは即座に否定したのだった。




