701 善処
嵐のような出来事に呆然としていると、グラスがトレーにたくさんのコップを乗せてテーブルへと戻ってきた。
「グラス、ススキってやっぱり凄いね。ジャスに一撃入れちゃうんだもん」
「少しは大人しくなったと思ったんだがな。跳ねっ返りが強いのは昔のままだ。父さんを仕留めかけた人間初の刺客なだけはある」
アクアが座ってグラスと視線を合わせると、互いに微笑み合った。
「なぁ、今のそんな頬笑ましい会話だったか」
「そもそも出来事でさえインパクトがありすぎて反応に困っちまったよ」
ワイズとクミンがススキの去ったドアを見ながら感想を漏らす。
「ひとつわかってるのは、ススキって娘もタカハシ家に魅入られた者の一人って事ね。なんせ勇者を正面から殴り飛ばすぐらいだものね」
エリスは結論づけるとアクアの隣に座った。
「おまえらも座ったらどうだ」
魔王グラスに促され、ボクたちもノロノロと動き出す。
「そうだね」
「ジャス、大丈夫か」
「大丈夫。ちょっと驚いたけど、大したことないよ」
痛みはちょっと残っているけど、非力な少女に殴られたぐらいはなんともない。心にくる衝撃の方が強くて、芯が揺らいでしまったけれどね。
ボクたちも座ると、魔王グラスはコップを一個取ってからおぼんをスっと差し出してきた。
「好きなコップを選べ。アクアは一番最後な」
「ふーん。そういう事ね」
魔王グラスの命令にアクアは何かを察したようで、おもしろそうに笑みを浮かべた。
何かよくわからないけど、ボクたちはテキトーにコップを手に取った。
「なるほど。所詮はただの因果といったところか」
「そうかな。案外因果もバカにできないと思うよ。せっかくだから、私はこの赤のコップを選ぶよ」
何がせっかくなのだろう。しかも赤くないし。アクアは楽しげにコップを選んでるけども。
グラスはヤカンを持ってくると、一人ずつお茶を淹れていく。
「フォーレが残してくれた茶がまだ残っていてよかった。おかげで軽くもてなせる」
グラスが真っ先に口をつけたのを確認して、ボクたちもちょびっと口に含む。香りの強いお茶だ。口の中が爽やかさで満ちる。
「アクア、勇者との旅は楽しかったか」
「楽しかったよ。勇者サイドからのイッコクの景色も趣があったし、色んな人の生き様に触れられた。とっても貴重な体験だったよ」
ボクたちは黙って茶を啜りながら、タカハシ兄弟の会話を聞き入る。きっとこのために、魔王グラスは実家でアクアを待っていたのだろうから。
「重畳だ。イッコクにはオレ達の知らない楽しい事だってまだまだたくさんあるはず。新しい趣味を見つけるのもいいだろう」
「グラス」
「ススキも生きろ言っていただろう。今オレ達兄弟の中で死の輪廻から外れているのはアクアだけだ。父さんだって願っている」
アクアはコップの中を見つめ、考え込む。
「無論、俺も手加減せずに全力で殺しにかかる。だから見事に乗り越えて見せろ。姉さんならできるだろ」
「んー、善処するよ。それよりグラスだって、戦いが終わったら生きてくれてもいいんだよ」
「ふっ、善処する」
タカハシ兄弟が互いに視線を合わせて苦笑をする。
コイツら、生きて戦いを乗り越える気がハナからない。
グラスは立ち上がると、コップを流しまで持っていき洗った。
「じゃあ、俺は先に魔王城タカハシへ向かって待っていよう。おまえらも、最後の休息を終えたら挑んでくるといい。今更、逃げるつもりもないのだろう」
問いかけの形はしているが、確信を持っての言葉を放つ。
魔王グラスは獰猛な笑みを浮かべながら玄関へと向かっていった。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
律儀で日常的なタカハシ家の挨拶が、どうにも現実味を感じさせないのだった。




