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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
最終章 最弱の
701/738

700 逆恨み

「テーブルも大きく椅子もたくさんある。テキトーに座ったらどうだ」

 魔王グラスはボクたちに(うなが)しつつ、自身は席から立って棚の方へと向かっていった。完全に背を向けてリラックスをしている。

 千載一遇(せんさいいちぐう)のチャンスをものにすべきか、素直に椅子に座って歓迎を受けるべきか逡巡(しゅんじゅん)してしまう。

「グラス、私も手伝おうか」

「いやいい。ちょっとした趣向を試してみたくてな。アクアも座っていろ」

 アクアが手伝いに向かうが、グラスの楽しげな微笑を見て留まった。大人しく席へ座ろうとする。

「久しぶりねアクア。お邪魔してるわよ」

「えっ」

 不意にボクたちの後方から少女の声が聞こえ、椅子を引いていたアクアが動きを止めた。振り返ると黄土色の髪をサイドテールにした少女が、軽く手を振りながら微笑んでいた。緑色の瞳は気が強そうに目尻が上がっている。気配からして、普通の女の子だ。

「ススキもいたんだ。久しぶり。なんだか珍しい組み合わせだね」

「珍しいも何もないでしょ。もうグラスしかいなかったんだから。そもそもアタシは誰と一緒にいるのが自然なわけよ」

 アクアが手を振って応えている間に、ススキと呼ばれた少女はボクたちの間を縫ってアクアへと近寄った。

「んーっと、お父さんと一緒にいる時が自然かな」

「ありがとう」

 アクアのアンサーにススキはプイっと顔を背けながら感謝を口にする。かなりタカハシ家と親しそうだ。しかしこの何もない荒野のどこに少女がいたのだろう。

 疑問を感じながら眺めていると、ススキが振り返り目が合った。

「それにしてもアクア、かっこいいお兄さんやお姉さん方と一緒にいるじゃない」

 ススキはボクに近寄ると、右へ左へと角度を変えながらマジマジと観察してきた。

「特にこのお兄さんは美形ね。顔が整っているから女の子が()っとかなさそう。凄くかっこいい」

「どっ、どうも」

 堂々と外見を褒められると気が引けてしまうな。ボクとしてはソコまででもないとは思うのだけれど。仲間の視線がどこか痛ましい気がするし。

「でっ、アクア。コイツがコーイチを殺す勇者なわけ」

 急に視線が鋭くなり、声にドスが効く。

「そう。ジャスって言うんだ」

 ゴっ!

「はっ」

 頬と奥歯に重い衝撃を受け仰け反ってしまう。殴られた、グーで。アクアが問いに答え、名前を出した瞬間ススキは躊躇(ためら)いなく腕を振り切った。

「ススキっ!」

 アクアとグラスが驚いて名を叫ぶ。

「いいじゃない。一発ぐらい殴ったって。もちろん逆恨みな事ぐらいわかってるわよ。けどこの機会を逃したら次なんてないじゃない。アタシはね、コーイチが殺されるっていうのを黙って受け入れられるほど心が広くないのっ!」

 涙目を浮かべながら叫ぶ少女に、理不尽に受けた暴力の仕返しなんてできようがない。込められている想いがありありとわかってしまうから。

 コーイチ、か。そんな名前だったな。

「ススキと言ったかい。大丈夫、ボクはコーイチを殺さない。きっと何かの間違いを起こして躍起になっているだけなんだ。だから、勇者としてコーイチを止めてみせる。だから待っていてほしい」

 魔王と名乗ってイッコクを再び、それも瞬時に恐怖の渦に飲み込んだ元凶ではあるけれど、どうしてもあの冴えないおっさんが大それた野望を抱いているとは思えない。だからきっと、改心させる事が出来るはずだ。

「殺しなさいよバカっ! あんたコーイチの覚悟なんてこれっぽっちも知らないでしょ! コーイチはね、勇者に討伐されるために心と寿命を削って今日まで生き延びてきたの。コーイチの勇者なら、全力で応えてみせなさいよ。応えてみせろっ!」

 涙を流し、声を荒げながら突き刺してくる感情。ボクは答えを出せずにうろたえる事しかできない。大切な人だと叫んでいるのに殺せと叫ぶ矛盾に頭がついていけない。

「落ち着いてススキ。大丈夫、お父さんが魔王として討伐されるために、私もグラスもいるんだから。ジャスには道を間違えさせない。だから任せて」

「イヤに決まってんでしょ。ソレだと、アクアもグラスもツラすぎるじゃないのよ」

 アクアがススキの後ろから抱き締めて説得すると、ススキもアクア達を気遣って叫ぶ。

「それでも大丈夫だから。私やグラスだけじゃない。エアもフォーレも、シャインもデッドも、シェイもヴァリーもみんなで繋いだ願いだから。だから、私達を信じて」

 ボクの見通しは甘かったようだ。魔王グラスとの決戦に目がいきすぎていて、絡み合う想いや思惑に勘付きもしなかった。この戦い、下手な勝ち方をするのも許されない。できうる限りの最善の勝利を掴まなければ。

「わかったわよ。どうせアタシは何もできない、力のない人間でしかないわよ」

「そんな事ない。ススキは強いよ。一度はお父さんを脅かしたほどだもん」

「言ってくれないでよ。もういい。どんな結末でも勝手に迎えればいいわ。けどね、ひとつだけ。アクア、あんたは生きなさいよ。コーイチだって願ってんだからね」

「えっ」

 アクアが驚いている隙をついてススキは高速を振り解いた。そのままドスドスと玄関へ向かい、家から出ていくのだった。

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