699 二階建て一軒家
「みんな長旅ご苦労様。ここがヴェルダネスだよ」
超高速で移動する電車に驚愕され続けている間に到着し、整えられた地下道から出るとアクアが両手をいっぱいに広げて景色を見るよう促した。
太陽の眩しさに目を細めながら眺めると、大きな城が遠くに聳え立っていた。
「アレが、魔王城タカハシ」
「シェイの魔王城に外見が似ているね。けども」
「あぁ、城以外なんもねぇ荒野じゃねぇか。強いてあるとすれば、あまりにも不自然に建っている民家ぐれぇか」
そう。なぜかポツンと一件だけ民家が近くに建っていた。
「でアクア。あの家はなんなのよ」
「私達の実家みたいなものかな。生まれた場所こそ違うけど、一番長くみんなと暮らしてきたお家だよ」
エリスの問いにアクアがサラっと答える。この民家がアクア達タカハシ家が暮らしてきた家、なのか。
「ところでよぉ。この民家にはいつまで暮らしてたんだ。さすがにあっちの立派な城が完成してからは居を移したんだろぉ」
頭の中で引っかかっていたのだろう。ワイズが疑問と推測を口にする。
「ソレがお父さん、広すぎて落ち着かないし魔王城タカハシは構造が複雑で迷っちゃうからって、完成してからも結局こっちの方に住み続けてたんだよね。あっ、もちろん私達全員でね」
「凄く勿体ないように感じるのはアタシだけかしら」
いやエリス。みんなもそう思ってるよ。
「ねぇ、せっかくだから私のお家に寄って休憩しよっか。みんなも慣れない電車移動で疲れてるでしょ」
「コレから最終決戦だっていうのにアクアはのんきすぎじゃないの」
エリスの言っている事もわかるけれど、アクアにとっては久々の実家帰りだろう。浸りたい思い出もあるはずだ。
「いやせっかくだ、寄っていこうエリス」
「はぁ。仕方ないわね」
アクアの気持ちを汲み取ると、エリスは渋々といった様子で家に寄っていく事にする。嬉しそうなアクアを見て、ワイズとクミンが微笑で顔を見合わせたよ。
「ただいま。なんて言っても返事なんて返ってこないよね」
アクアが玄関を開けながら声を出し、自身へ寂しいツッコミを入れる。
「おかえり、アクア」
何っ。
返ってこないはずの返事、その低い声色に身体が強張った。まさか。
「えっ、グラス」
驚きながら玄関で靴を脱ぎ、家の中へ入っていくアクア。靴、脱いだ方がいいんだろうか。
少し迷いはしたものの、アクアに倣って靴を脱いでお邪魔させてもらう。リビングに出ると、魔王グラスが椅子に座ってくつろいでいた。
アクアを除くボクたちは臨戦態勢を取る。
「どうして家にいるの。魔王城タカハシでスタンバイしてると思ってたのに」
「アクアなら家に寄ると思った。ソレとこんな狭い場所で戦うつもりか。できたら俺も家を荒らしたくはないのだが」
確かに戦うには狭く不向きすぎる場所だ。魔王グラスに威圧感も感じられない。家で戦う気はないらしい。
けどもだからといって、無警戒に気持ちを休めるなんてできそうになかった。




