697 常識
今日、ボクたちは遂にタカハシ家との戦いに決着をつける。
つもりなんだけど、そもそもタカハシ家の根城がどこにあるのかもいまいちピンときていないのが現状なんだよね。
決着どころか目的地にすら辿り着けないのではと今更ながら不安に思ってしまう。
天候に恵まれ穏やかな朝の空気を満たされる森を、アクア先導の元ひたすらに歩いている。
メンバーはアクアを先頭にボク、ワイズ、クミンにエリスの五人。敵がいないので隊列を気にせず、緊張感の欠片もないない。
ロンギングからついてきてくれた数少なき精鋭達はプラサ・プレーヌの城へ置いてきた。最後までついて行くという意気込みは嬉しかったけれども、アクアが許さなかった。
いても邪魔だし、数が必要な戦闘はもうないから。と。
薄情な言い回しを窘めはしたものの、魔王グラスとの戦いに連れていくなんて死刑宣告をするようなもの。ボクたちも同意見だった。
悔しそうに歯を食いしばっていたのが胸に響いたよ。
「ねぇアクア。プラサ・プレーヌを出てからだいぶ経つんだけど、ホントに道あってんの」
痺れを切らしたエリスがアクアの隣まで前へ出て尋ねる。
「やだなエリス。街からあまりにも近いと見つかっちゃうじゃん。警戒しない方がおかしいよ」
「言ってる事はわかるわよ。けどアタシは、今日決着をつけるって意気込んでたの。けどこのピクニックみたいな空気はどうよ。戦いが始まるどころか、辿り着けないんじゃないかって気が気じゃないの」
あっ、やっぱりエリスも思ってたんだ。なんとなく仲間を見渡すと、ワイズはやれやれと片目を瞑り、クミンは溜め息を吐いた。
ボクは苦笑いを返しながら、みんな同意見なんだなと思ってしまった。
「そこは大丈夫。確実に今日だから。今日、全部終わらせるから」
アクアの返す微笑みには、少し陰りを感じられた。どうやらボクたちが感じていた不安は杞憂に終わりそうだ。アクアの覚悟を感じ取れたから。
「まだちょっと目的地まで遠いけれど、信じてついてきて」
「ったく、しょうがないから信じてあげるわ」
「ありがとう」
なんて会話を聞いてから早一時間。いつの間にか森を抜け、ボクたちは小高い丘を進んでいた。
「ねぇアクア。ホントに、ホントに道あってんの」
一度信じたエリスが疑い深く問いかける。するとアクアが突然両膝をつき、地面に両手をつけて地面を何かを探し出した。
「どうしたんだいアクア。何か落とし物でも」
「あった、ここだ。よっと」
アクアが左手で地面を押すと、ウィーンと聞き慣れない音がして長方形に切り取られた地面が引き戸のようにスライドした。
「ちょ、何よコレ」
「コレは、階段かい」
「おいおい。マジかよ」
どこからどう見ても真っ平らな地面だった。こんな通路が隠されていただなんて。
「よし、行こっか。足下注意してね。一応手すりも作ってあるから、よかったら使ってね」
アクアがカツカツと音を立てながら下り階段を降りていく。ボクたちも気圧されながらついて行く。
「地面の中だってのに、洞窟感が全くねぇな」
「歩きやすい平らな階段に艶やかな壁、オマケに手すりかい。どうやったらこんな通路が作れるんだい」
通路の材質に圧巻されながら進んでいると、後方で出入り口がウィーンと勝手に閉まった。火も灯していないというのに通路が明るく、足下までクッキリと見える。
「ちょっとアクア。退路を絶たれたんだけど」
「秘密の通路だもん。自動で閉まってくれなきゃ見つかっちゃうよ」
「オレは明るい事が気になんだが」
「ちょっと魔力を通せば明かりが灯るように作ってあるからね。この地下通路は全部、お父さんの常識なんだよ。凄いでしょ」
常識だと。この過ぎた技術の塊が。
アクアの自慢げな笑顔の奥底に潜む、得体の知れない冴えないおっさんに、ボクは初めて驚愕を覚えたよ。
おっさんの名前、なんって言ってたっけ。




