695 ごちそうさま
今頃コーイチはチェルとのんきにお昼でも食べてる頃かしら。せいぜい仲良くしなさいよ。アタシやグラスだけじゃなくて、ヴェルダネスのみんなも望んでるんだからね。
窓から差し込む光を眺めながら、広すぎる無人の廊下を歩く。
「初めて入ったけど、魔王城タカハシってムダに広いわね。前もってグラスがこもっている場所は聞いているけど、迷ったら帰れる自信がないわよ」
チェルから聞いた話だと、城主のコーイチさえ油断すると迷うらしいし。それはそれでどうかとも思うけども。
お昼ご飯の入ったバスケットを右手に提げながらも、頼りない記憶を信じてグラスがいるはずの場所へと歩く。
チェル達がピクニックに行く際に持たされたのよね。
「一緒に料理をするのが楽しくて、コーイチは作りすぎてしまったそうよ。せっかくだからススキとグラスのお昼にしてちょうだい。だって」
チェルだってウキウキだったクセに。ああいう雰囲気はごちそうさまって言うんだっけ。気分的にはおかわり要求したいんだけどね。時間が少なすぎて本当に終わりになっちゃうんだもの。
考え事をしながら進んでいると物音が聞こえてきたわ。ここね。
開きっぱなしの扉から覗き込むと、グラスが座って黒光りする剣を研いでいたわ。シャッシャと音を鳴らし、剣を上げて剣身を確認する。
「うむ、こんなところか」
「かっこいい剣ね。それで勇者と戦うの」
部屋に入りながら尋ねると、グラスは首を向けて見上げてきたわ。
「ススキか。魔王城タカハシの来客者一号は勇者一行の予定だったんだがな」
「つれないわね。アタシはもう身内のつもりだったんだけど」
近くにあった木製のテーブルにバスケットを置いて、椅子に座る。
「身内か」
「不服そうね」
「不服だけど、身内だ」
グラスは諦めたように目を閉じながら認めると、アタシが座るテーブルに黒い剣を置いて向かい側に座ったわ。
「黒明。剣の名だ。耐久性が落ちる分、武器そのものにギミックを仕込んである」
勇者もかわいそうね。ただでさえ強いグラスが、特殊な武器を使って立ち塞がるんだもの。どんな効果かは知らないけれど。
「そしてもう一本、向こうの壁に飾られている白い剣が白暗だ。二本一対の双剣で、勇者一行と、アクアを迎え撃つ」
グラスは壁にかけられている白く濁った剣身の剣を視線で見やった。
特殊な剣が二本も。
「ホント、グラスってば容赦ないわね。アクアもこんな弟を持つだなんてかわいそうだわ」
「何を勘違いしてるかしらないが、俺はむしろ容赦をしてやっている。まぁ、遊びに付き合ってもらうという意ではしょうがないヤツではあろうけどな」
容赦、手加減って事。どこにそんな要素があるのかわからないわ。
「そんな事よりメシにしよう。ちょうど腹が減っていたんだ。そのカゴの中は食べ物なのだろう」
「汚いから手を洗ってからにしなさいよね。せっかくの昼食だから、よく噛み締めて食べなさい」
グラスは席を立つと、近くにある水道で手を洗い出したわ。
「その言葉はそっくりススキへ返そう。父さんの手料理を食べる機会なんて、もう数回もないからな」
嫌な現実を突きつけてくれるわ。ホント、明日コーイチが勇者に討伐されなきゃいいのに。
「さて、食おうか」
「そうね」
最初に手に取ったおにぎりが、やたらとしょっぱかったわ。




