694 罪な女達
「正直、日本でのグチはまだまだあんだが、今更言ってもしょうがねぇ。それに住む世界が変わったところで、不可能を可能にする事なんざできねぇかんな」
コーイチが作ってくれたカラアゲを一撮みしながら、澄み渡った瞳の色を眺めたわ。むぅ、悔しいけれど美味しく作るじゃないの。
「そうかしら。コーイチは充分に不可能を壊してきてたと記憶していてよ」
私を差し置いて魔王になった実績、忘れただなんて言わせないわ。もっと誇りなさい。
「不可能をぶち壊したのは俺の子供達だよ。逞しくて泣けてくらぁ。俺は整備された道を進んだに過ぎねぇさ」
穏やかな風が吹いたから、髪を整えるわ。
「あの子達の成長には驚かされてばかりだったわ。いろんなしがらみを壊しては、希望を与えてくれた」
「だろっ。俺の子供達は優秀なんだよ。母親に似てな」
謙遜が過ぎてよ。母親達は確かに強かった。魔王城の守りを任されるほどに。けど決して魔王級には至らない。コーイチの血が混じってこそ、あの子達は急成長を遂げたの。
「ぶっちゃけ魔王なんざ、俺には過ぎた地位だけんな。けど守りたくなった女ができちまった。恐ろしい美魔女にも発破をかけられちまった。だったらやるっきゃねぇだろ。人生で久方ぶりに、いや大人になってから初めて、やる気になれるヤマにぶつかっちまったんだからよぉ」
「恐ろしい美魔女、ねぇ」
魔王を手玉にとる存在だものね、お母様は。
「オマケに、愛する女達にも恵まれちまったんだ。地獄だろうがなんだろうが、乗り切らなきゃ男じゃねぇだろ」
「地獄を突っ切る覚悟が持たせるだなんて。私もススキも罪な女ね」
思わず苦笑してしまうわ。癒やしを与えられるススキと違って、私はただ苦しめる事しかできていないのに。同等に愛されるだなんて、それこそ罪ね。
「おいおい、忘れてやるなよ。あいつらの母親だって、俺は今でも愛してんだかんな」
「えっ。あいつらって、あの子達の!」
大きな声が出てしまったわ。だってアクアに始まりヴァリーに終わるあの子達の母親は、人とは似つかぬ魔物たち。それも、私がいたずらに交尾をさせた相手じゃないの。
「まっ、最初は強制的だったけんな。否応なしとはいえ身体を重ねちまうと、不思議と愛着湧いてくんだ。子供が産まれたら尚更。あいつらは九割母親似なんだがよぉ、少し俺にも似てんだ。ンでもって母親の性格を継いでっから、ついつい似てるトコを探しちまってたな」
知らなかった。コーイチが母親達に愛情を生んでいただなんて。
「交わるのは二度とごめんだったけどな。大切な女達から託された子供達を使い捨てるのには本当に申し訳なさを感じてんだ。死んだらあの世の入り口で待ち構えてたりしてな」
両手で自身を抱き締めブルリと震えるコーイチを見ながら、卵焼きを摘まんだわ。甘くてね。
「安心なさい。あの子達の死は私の命でもあるの。コーイチに矛先が向く事はなくてよ」
器は小さいくせに、懐は深いのだから。
「シャキッとなさい。コーイチの魔王生活も明日で終止符が打たれるのだから。それまでの辛抱よ」
そう、明日コーイチは、討伐される。
「ははっ、やっぱ怖ぇわ。こりゃ愛する女に恐怖を拭い去るおまじないをかけてもらわなきゃ、勇者に立ち向かえねぇ」
言ってるわりには、声色に恐怖を感じなくてよ。
「そう。なら帰ったらススキにでもおまじないをかけてもらおうかしら」
「チェルがいい」
ヴェルダネスに戻ったらすぐにススキを連れてこないとね。それともまだ家に残って。
「え?」
「冗談に聞こえっかもしんねぇし、俺じゃ釣り合ってねぇかもしんねぇ。けど一度でいいんだ。チェルが欲しい。チェルが、好きだ」
黒い真剣な眼差しで見つめられ、思わず呼吸が止まってしまったわ。何よ、凜々しい表情もできるじゃないの。
「いい度胸ね、死にたいのかしら。なんて、私も意地を張ってる時間はなくてね」
ケンカを買う笑みを浮かべはしたものの、すぐに溜め息にして吐き出したわ。
この機を逃したら、次はないものね。嫌だわ私、コーイチより女々しくなってるじゃない。
「って事は」
「オーケーよ。最後だもの、気持ちを受け止めてあげるから感謝なさい」
思えば八年も待たせてしまったものね。私、いつの間に絆されていたんだろう。
「凄く嬉しい。嬉しくて死んじまいそうだ」
淡々と言ってくれるじゃないの。感情、追いついてなくてよ。
「生きなさい。じゃなきゃ本末転倒じゃないのよ。バカ」
嬉しいせいか陽射しが眩しくてね。少し、暑いわ。
ピクニックへ来て、よかったわ。




