690 罪悪感ではなく感謝を
いよいよコーイチの出番が回ってくるのね。
ベッドで安らかな寝息を立てているコーイチの頬を撫でながら、思う。
グラスが帰ってくるまで気が気じゃなかったもの。元気な顔を見て安心して、ついでに夜食を食べてお腹が膨れたから、あっという間に眠ってしまったわ。
「何のために私が夜の共をしたと思ってるのかしら。気持ちはわからなくないけれど、ちょっと複雑な気分よ」
文句を言っても寝息しか返ってこなくてね。
せっかくススキに代わってもらったというのに申し訳ないわ。ただコーイチの体力を考えると、ムリをできないのも確かなのよね。
せっかくお肌をチラリする扇情的なネグリジェに着替えてきたっていうのに。肝心のコーイチが夢の中じゃ仕方なくてね。
「せいぜいのんきな夢でも見る事ね。今のコーイチには、現実の方が悪夢だったでしょうから」
私がコーイチを悪夢へと飲み込ませた。最初はちょっとした現実逃避、避けられぬ運命へ対しての憂さ晴らしでしかなかった。
お父様が倒れれば自動的に私が魔王となり、どんなに抗おうとも討伐されてイッコクに平和が訪れる。
平和な間、魔王は鳴りを潜め勇者も生まれる事はない。
私は生まれながら、運命の歯車に組み込まれたパーツの一部でしかなかった。
受け入れたくなかった。ただ生きたかった。叶う事なら、家族みんなと。
どれもコレも贅沢な願いだった。けど、あろう事かコーイチが、私の役目の一部分を肩代わりしだした。
運がよかった。半信半疑ではあったけど、可能ならば私は生き続ける事ができる。
コーイチが魔王を担い勇者に討伐される事でイッコクに平和が訪れれば、私は一般人として生活する事が許されるから。
ひとつ誤算があるとすれば、私にとってコーイチが、家族よりも大きな存在になってしまっていた事ね。
「気付いていてコーイチ。アナタが子供を一人ずつ失う度に、私だって身を引き裂かれる思いに悩まされていたのよ。あの子達は、私にとっても大切な家族だったのだから」
デッドはナマイキだったけれどかわいげがあった。シェイは従順で素直だった。エアは元気いっぱいで楽しかった。シャインは、うん。ヴァリーはやり過ぎなところがあったけれどかわいかった。フォーレは不思議と頼りになっておもしろかった。
当然、グラスとアクアだって、みんなかけがえのない家族だから。
コーイチが文字通り死ぬほど苦しんでいなければ、私が苦しんでいたわ。
ただあまりにもコーイチの精神が削られていたから、見ていて冷静になれてしまっただけ。
「きっとコーイチからは、私が血も涙もない魔王のように感じられたのでしょうね」
そう憎んでくれても構わなかった。いっそ捌け口にしてくれた方が私の気が紛れたかもしれない。
今コーイチに返せる事なんて、それくらいしかないから。これ以上、望んじゃいけない。そう、思っていた。
「せいぜい今日はゆっくり休んで鋭気を付ける事ね。明日は一日、私とのデートに付き合ってもらうのだから」
ススキがコーイチを望んでいいって事を教えてくれた。そしてコーイチの望みに応えてあげる事が最大の恩返しになると感じさせてくれた。
決して、罪滅ぼしにしてはいけない。罪悪感ではなく、感謝を伝えなければ。
どれほど恩を返せるかはわからないけれど、独りよがりの恋心に付き合ってもらうわよ。
「今までたくさんの啖呵を切ってきたのだから、デートでも男らしさを見せてみなさいな。人間魔王」
返ってくる寝息だけが、妙に心地よくて安心できたわ。




