68 デッドの一日 その2
いざ送り出されたはいいとして、どうしゃべりかけりゃいいんだ?
機嫌の悪いヴァリーには何を言ってもそっぽを向かれちまうし。やめ、うだうだ考えても仕方ねぇや。
「おいヴァリー、今ひまか?」
片手をあげて気軽に話しかけるけど、ヴァリーは顔も合わせてくれない。
「知らないわよ。向こうで汗臭いことでもしてれば」
背中を向けたまま冷たい言葉で返しやがる。そもそもなんで僕が気を使わなきゃいけねぇんだよ。バカみたいだ。
「なんだよ。朝からずっと小せぇことで怒りやがって。根に持つ女はモテねぇんだぜ」
ヴァリーは怖い顔で振り向くと、オレンジの視線に刺し殺すような殺意を込めた。
「なんですって。ヴァリーちゃんはかわいくて愛される存在なんだからね。デッドの方こそ、女の子に気を使うことのできない陰気なヤローじゃないの。モテないどころか距離を置かれるタイプだわ」
「なんだと!」
「なによ!」
距離を詰めてくるヴァリーに負けじと僕も睨み返してやる。ザケンナだ。こうなったら泣いて謝るまで許してやらねぇ。
超至近距離で火花を散らしていると、近くに大きな何かが落ちてきた。ドスンって轟音と悲鳴のような音に、僕たちは一緒に驚いて振り向く。
すぐ傍でシャインの上半身が地面に埋まっていた。
この態勢、ネットで見たことあんな。確か犬神家○一族ってやつだ。てか、シャインは大丈夫なのか。
兄弟一の不死身で定評のあるシャインだけど、見ていて不安を感じちまう。
「はーい。ケンカはダメだよ」
シャインの死亡現場に釘づけになっていると、黄色い翼をバサバサさせながらエアが降りてきた。
「怖い顔してちゃメッ。ほら、スマイルスマイル」
唇を指で吊り上げてニッコリ笑顔になるエア。
コレが見本だから二人もやってって言いたいんだろうけど、真顔にならざるを得ない。
ヴァリーをチラリと見ると、口元がヒクついてなんとも言えない顔になっていた。心境は僕も同じだ。
「なぁエア。ひょっとして、シャインを落としたのか」
「そうだよ。飛んでると、シャインが見ていられないって言ったの。だから一役買ってもらったんだ」
シャインはきっとヴァリーの味方になりたかっただけで、ケンカを止める気はなかったんだろうな。
「ねー、シャイン大丈夫なの」
ヴァリーはピクピクしている足を見ながら、不安げに確認する。
「平気だって。だってシャインだもん」
「エアが言っていいセリフじゃねぇ!」
罪悪感ゼロの笑顔でとんでもないことを言ってのけやがった。何考えてるかわかんねぇから余計に怖ぇ。
「いやー、それほどでも」
褒めてねぇから。
「それより、仲直りしよっ、ねっ」
無邪気な笑顔が僕たちに迫ってくる。ヴァリーの睨み顔よりも迫力があるんだけど。
おいヴァリー、くだらねぇ意地張ってると、次は僕らがシャインのようになるぞ。
僕は視線を泳がせながら、肘でつついて語りかける。
仕方ないわね。今回は仲直りするフリをしてあげるわ。感謝してよね。
そんなセリフを乗っけて、肘でつつき返してきた。
よっしゃ、合わせろよヴァリー。
「なぁヴァリー。これから森の方へ冒険に行かねぇか。ちょっとおもしれぇ場所を見つけたんだ」
「はぁ、探検ごっこ。デットはガキ臭いわね。でもいいわ。ヴァリーちゃんはやさしいから乗ってあげる」
「ケッ、誘われて嬉しいくせに。ほら、行くぜ」
「あっ、ちょっと」
僕はヴァリーの腕をつかむと、慌てるヴァリーを引っぱって森の奥へと歩き出す。ヒヤヒヤしながら後ろを確認すると、エアはやり遂げた笑顔になっていた。
ふぅ。どうやら上手くいったみてぇだ。
エアは僕から注意を外すとシャインの上に飛び乗った。鳥の足でガッチリつかむと、飛ぶように引っぱりあげる。そしてあろうことか、態勢も変えずに飛ぶ練習をしだした。
マジかよ。シャイン、今日だけはお前が偉大だって思うぜ。
頭を地面に飛ぶシャインからは、生気のカケラも感じなかった。
「ちょっとデッド。どこまで連れていくのよ。いいかげん手を放しなってばー」
森の奥まで進んだところで、ヴァリーは僕の手を強引に振りほどいた。
森といっても木はミイラのように枯れていて、幽霊でもでそうな雰囲気だ。魔王領っていえば納得もできるぜ。
ムカっとするなぁ。でも、さっきのエアを見たせいか言い返す気分になれねぇ。
「ったく、手を振りほどくなんてもヒスキーなやつだな。ちょうど着いたとこだぜ、ほら」
僕が開けた空間に首を向けてやる。
「ヒスキーって何よ。だいたいこんな森に何が……わぁ」
促されたオレンジの瞳は、色とりどりに咲いた花々を見て喜びに変わる。種類もたくさんあった。
この前ジジイとチェルの目を盗んで森に冒険したときに見つけた場所だ。周りの木は枯れているっていうのに、このあたりだけ花畑になってた。
「どうだ、すげぇだろ」
自信満々に言ってやったぜ。驚く姿を見ると口元が勝手にニヤけちまう。
女の子って言うのは花が好きらしいからな。連れてきたら喜ぶんじゃねぇかと思っていたんだ。実際にプリプリ怒っていたヴァリーがご機嫌になってやがる。
「すっごーい。こんな場所があったなんて。ひょっとしてデッド、ヴァリーちゃんのためにわざわざ探してくれたの」
「いや、ただの偶然だぜ。でも、花畑を見つけたときは真っ先にヴァリーに教えようって思ったんだ」
「わー、ありがと」
ツインテールの赤い髪を揺らしながら、僕に抱き着いてきた。何がそんなに嬉しかったのか知らねぇけど、機嫌が直ってよかったぜ。
「そういえばデッドって冒険好きだよねー。なんで」
ヴァリーは抱き着いたまま、上目遣いで首を傾げる。ムダに距離が近ぇな。
「そりゃ、見たことねぇ場所を発見するのが楽しいからだ。それに新しい場所で何するか考えるのもおもしれぇぜ」
「新しい場所かー。例えばデッドはどんな場所を見つけたいの」
どんな場所、か。考えたことねぇな。でも気になる場所ならある。
「チェルの嫌ぁな勉強で、地理について教えてもらうよな」
勉強って出たとたん、ヴァリーが嫌いな物がテーブルに置かれたような顔になった。
「もぉ、せっかくいい気分になったのにー。勉強なんて言わないでよ。で、それで?」
「魔王城から南東に鉱山地帯があるって言ってただろ」
オレンジの瞳をきょとんとさせて、首を傾げた。これは覚えてねぇやつだ。
「ったく、しょーがねぇやつだな」
「何よ。デッドだって北西にあるお城のことを覚えてないくせにー」
「は? あったっけ、そんなとこ」
「あったわよ。もういい。それで、鉱山地帯がどうしたのよ」
ヴァリーが呆れがてらに俺の身体を押し離した。二~三歩後ろの下がる。
「鉱山を乗っ取ってさ、罠を張り巡らせてみてぇんだ。間抜けが人間が悲鳴を上げながら慌てふためく姿を想像するとさ、すげぇ楽しい。どうだデッド」
クモの巣で絡めるのもいいし、落とし穴なんかも定番だよな。捕まえたらどうしちまおうかかな。
「デッドってばすごくウキウキしてる。でも、ヴァリーちゃんもそういうの好きだよー。もし実際にやれたら教えてよ。楽しみだなー」
最初こそ呆れたような感じだったけど、ヴァリーもいたずら好きだ。ニヤッと笑って身体をうずうずとさせてやがる。
「そんときはヴァリーも誘ってやんよ。それより、この花畑で何する」
気分がよくなったところで、花畑に意識を向けた。
「そうだよねー。何しようかなー」
唇に指をつけながら、んーって楽しそうに悩む。
「やっぱり花飾りを作りたいねー。けど作り方わからないから、摘むだけで我慢しかなー。わがままは言えないもんね」
「しゃっ、じゃあ早速……ん?」
やる気になると、足音が聞こえてきた。
「どうしたのー」
「誰か近づいてきてる。ジジイだったらメンドーだし、隠れるぞ」
「黙ってここまで来たもんねー。見つかったら怒られちゃうかー」
ヴァリーの手を引いて枯れ木の影に隠れる。土を踏む音をしばらく聞いていたら、現れたのはフォーレとアクアだった。
「フォーレにアクア。どうしてあの二人が?」
「追ってきた、って感じじゃないねー」
ヒソヒソと話しながら、じっと様子を見る。
「わっ、花畑。魔王領にこんなところあったんだ」
アクアは控えめに驚きながら、花に見とれている。いかにも偶然見つけましたって感じだ。
一方フォーレは、やる気のない緑のまなざしでキョロキョロと何かを探すように見渡していた。植物系だっていうのに、花畑には目もくれていない。
アクアは能天気だからいいとして、フォーレはどういうつもりでここに来やがった。普段からボーっとしてるぶん、何考えてっかわかんねぇ。
さっさとどっかに行けと心で叫びながら見ていると、フォーレは探すのを諦めたのか、首の動きを止める。
「仕方ないなぁ。デッドぉ、ヴァリー。いるよねぇ」
叫んでいるにしては心細い音量で、声を張りあげる。
「なっ、バレてる。しかもやる気のなさそうなフォーレなんかに」
「見つからないようについてきたのかもしれないよー」
聞こえないように小さい声でしゃべっていたら、アクアが驚いた。
「えっ、二人ともここにいるの」
「うん。いるよぉ。注意しないといけないのぉ。この花畑は全部マンドラゴアだからぁ、抜くと叫び声が大変だよぉ。てぇ」
フォーレの一言で、僕は思わずヴァリーと目を合わせて息をのむ。
「マンドラゴアって、抜くと危険な魔物のことだよね。どうしてフォーレはわかるの」
「あたいはマンドラゴアのハーフだよぉ。それにぃ、生まれたのはこのあたりだからぁ」
「そっか。じゃあフォーレのママもここら辺にいるの」
「うん。アクアになら合わせてあげてもいいよぉ。行こぉ」
フォーレは役目が終わったとばかりに離れていった。じっくり時間が経ってから、花畑の方に出る。
「全部、マンドラゴアなんだねー」
「だなぁ」
発見が全部ムダになった感じだ。疲れて何もやる気が起きねぇ。
「帰ろぉぜ、ヴァリー」
「そうだねー」
首がガックシ落ちる気分で、僕たちはトボトボと帰った。




