685 女神の荘厳
「身勝手に人々を扱き使いやりたい放題街を開拓するグラスを敵視していましたが、長く暮らしている内にグラスの非情さについて疑問を覚えるようになっていきました」
「おいおい、どう見たら疑問を覚えられんだよ。さっき戦って感じたが、ありゃ非情そのものだったぜ」
ドゥーシュの疑問にワイズが待ったをかける。ボクだって感じていた。魔王グラスは戦いに関して非情そのものだったと。
「でしょうね。けどグラスが非情でいられるのは、戦いに関してだけなのです」
「私、凄く心当たりあるんだけど」
苦笑いするアクア。言われてしまえば、魔王グラスの日常なんて知る由もない。
「いやおかしいんじゃないかい。魔王グラスは人々を扱き使ってむりやり街を開拓させてたんだろう」
「確かに強制的に働かせていましたが、一日のムリのない労働時間が決められてもいたのですよね。お昼に休憩も設けられていて、精のつく食事を満足に提供されていました。痩せ細っていた人々は次第に肉を付け、逞しく筋肉を鍛え上げていきました」
ドゥーシュの回答がクミンの疑問を打ち壊していく。思いの外、労働環境が悪くないのでは。というか筋肉って、思いっきり魔王グラスの影響が出ていないか。
「月に三日も休暇を用意されていましたし、ケガや病気に対する対応も充実していました。ワタシも手伝わせてもらっていたので日々が楽しかったんですよね」
目を細めてウットリと微笑むドゥーシュは本当に楽しそうだった。戻れない過去を慈しむような仕草にボクは、取り返しのつかない過ちを犯したのではないかと錯覚させられる。
「配下の獣さん達も協力的で、小っこいモフモフな子達は癒やしとしてかわいがられてもいました。みんなジャス様との戦いで散ってしまったと思うと悲しいですけれど」
「仲よかったわけね。街の人たちから襲われた理由がよくわかったわ」
エリスが片目を瞑って頭を抑える。ボクだって罪悪感でいっぱいだ。全力で全滅させてしまったよ。
「別にジャス様達を責めている訳ではないのです。グラスを含め、あの獣たちも全力で戦える時を楽しみにしていましたから。望む場所へ旅立たせるのは、なかなか心苦しくもありましたけどね」
「グラスも残酷な侵略したなぁ。仲良くしたらそれだけ散った時に苦しくさせるだけなのに」
「お義姉さんの意見は侵略者としてもっともかもしれませんね。けど残された思い出は苦しさだけでなく、かけがえのない大切な時間でもあります」
今、ニュアンスのおかしな単語があったような。意味ありげにドゥーシュがお腹を擦っているし。いや、まさかな。
「ひょっとしてグラスって童貞捨てたの。あのグラスが」
よほど信じられないのかアクアは二度名前を出した。ドゥーシュは意味深な笑みを返すばかりだ。
「ある日幸せと未来を掴む絶好のチャンスだと神のお告げが来ました。グラスが怪しげな薬を持ってくるから預かって利用をしなさいと。宣言を実行に移して薬を飲んだ結果、なんと超強力な媚薬だったのです。後はまぁ、ご想像にお任せします」
「いや、お任せしますって。まさかドゥーシュは、その、魔王グラスに」
ボクが恐れ多くて言い淀んでいると、聞きたくもない続きを濁したはずの本人が話しだした。
「そういえば戦闘前にお伝えしましたね。獣の王は夜な夜なワタシをあられもない姿にしていたぶってきたって。一度タガが外れると激しくてもう」
「言わないでくれ」
嬉しそうに顔を赤らめるのはやめていただきたい。ドゥーシュの荘厳なイメージが崩れ去っていく。
「っていうかあの戦闘狂も何だかんだで俗物だったのね。媚薬なんて持ち込んで、欲望を発散する気満々だったじゃないの」
「うーん、たぶん違うと思う」
エリスが言葉を吐き捨てると、アクアが考えながら否定をした。
「媚薬とかお薬の関係って、フォーレの分野だったんだよね。でもしフォーレがグラスの、たぶんもどかしかった色恋に気付いていたとしたら、最終的にそう行き着くように差し向けたのはフォーレって事に」
「あのフォーレの事だから否定しきれないどころか、嬉々としていながらシレっとやってる姿が浮かんでくるのが、もう」
アクアの推測にエリスは、ゲンナリしながら納得するのだった。




