684 マリー派の暗躍
「たまげたねえ。ドゥーシュは魔王グラスみたいな侵略者は嫌いな方だと思ってたんだけど」
クミンが驚きながら見上げると、ドゥーシュはイタズラが成功したようね笑みを返した。
「もちろん、最初は嫌いでしたよ。力任せに人々を襲い、容赦なく殺してゆく様は目を背けたくなるほどでした」
「まぁ妥当だわな。っで、どこに転換点があったんだよ」
ワイズは納得しながら、話の肝について尋ねる。
「結果としてワタシは命を救われたんですよね。だってグラスが現れなければ、ワタシはプラサ・プレーヌの女神という象徴として人柱にされていましたから」
「なんだって!」
「この地を開拓するに至り、女神として労働者へ寄り添う事で心の支えになる。王家の方々からそう適任されてワタシはプラサ・プレーヌを任されました。ゆくゆくはジャス様が民たちと平穏に暮らせる地を築くために。神のお告げもありましたしね」
そこまではボクも知っている。当時はわざわざドゥーシュが出向く必要もないだろうと反対をした記憶もある。平和な世になったからこそ、教会で役目を全うしてほしかったから。
ドゥーシュの希望も相まって止められなかったけれど、まさか命に関わる危機に貶められていたなんて思わなかった。一体どうして。
「意気込んでプラサ・プレーヌに着いたものの、現状は凄惨の一言に尽きました。開拓に携わる兵達は連れてきた労働力を家畜のように扱い、碌に食事も与えず使い捨ててゆく。ジャス様の安住の地になるはずが、出てくる主はマリー様ばかり。そのマリー様からお目こぼしを受けて、贅沢な生活を暮らすのだと下卑た笑い声が常に響いていました」
「ちっ、失念してたぜ。結局甘い汁を啜ろうとしてたのはマリー派って事か」
話の方向に合点がいったワイズが舌打ちして視線を落とした。今となってはボクでも納得できてしまう。
「権力と力を持つ兵達を前に、ただ祈る事しかできないワタシは無力でした。強制労働で苦しむ方々に手を差し伸べるどころか、教会に軟禁されて外へ出る事すらままならなかったのですから」
「ドゥーシュ、あんた」
当時を思い出してか、悲痛そうにドゥーシュが視線を落とす。クミンが名前を呼ぶも、先が続かない。
「ワタシの死に壮大な武勇伝でも貼り付けて、プラサ・プレーヌを見守る女神として奉る体で処分をするつもりだったみたいです。兵達の会話を聞くにワタシは、マリー様からは生きているだけで邪魔な存在だったようですから。この時はさすがに、神からの仕打ちを理解できませんでした。なぜお告げを寄越したのかと恨み言さえこぼしてしまっていました」
マリーは地位を確保するためにボクと仲間達を疎遠にして引き剥がしていたけれど、ドゥーシュに至っては殺すところまで視野に入れていたなんて。
「神にすら失望していたとこに現れたのが、グラスを筆頭にした獣の軍団でした。彼らは次々にプラサ・プレーヌの開拓に携わっていた兵達を容赦なく食い殺していき、強制労働されていた人々を下僕に落とし、そのまま労働力として使っていきました。ワタシは人質として生きているだけで人々を脅して焚きつけられるからと囚われてしまいます」
「なんか理解したわ。グラスはこの時点で、タカハシ家らしいカリスマを発揮してたって訳ね。あいつら人をポンポン殺すくせに信念あるから人を惹きつけるのよね」
「いやぁ、それほどでも」
エリスは呆れながらタカハシ家を眺めると、アクアがはにかんだ笑顔で返事をした。エリス自身がアクアにコレでもかってほど惹き付けられてるからね。だからドゥーシュに共感できるのかも。
「まぁ、エリスさんもアクアさんと仲良しなのですね。とは言えワタシ、さっきも言ったとおり最初はグラスを嫌っていましたよ。助けられた身とはいえ、殺された兵達がいかに身勝手だったとはいえ、容赦なく蹂躙する姿には嫌悪感が込み上げましたから。人の心がないのかと訴えかけもしましたね」
「そこは当然でしょ。アタシだって最初はアクアの事嫌いだったからね。戦う力があったから正面きって戦ったし。それが今じゃかけがえない存在になっちゃってるから不思議よね」
「本当に、不思議ですね」
エリスがやれやれって溜め息を吐くと、ドゥーシュが微笑ましく頷いたよ。




