683 リザレクション
「ごめんなさい、情けないわよね。もう吹っ切ったつもりだったんだけどね」
エリスが気恥ずかしそうに視線を逸らしながらはにかむと、ドゥーシュが優しい微笑みを返す。
「肉親を失ったのです。そう簡単には吹っ切れませんよ。何度泣いたって、かっこ悪い事はありません。エフィーさんもエリスさんに想われていて幸せでしょう」
「ありがとう」
ドゥーシュは一頻りエリスと見つめ合い、視線を別へと移した。
「それで、そちらのかわいらしい少女は初めましてですね。見ていたところかなりお強いようで」
一番気になっていたであろうアクアを見つめて尋ねた。驚くだろうな。
「私はアクア。アクア・タカハシ。グラスのお姉さんだよ。よろしく」
「まぁ。戦っている時の会話からして薄々は感じ取っていましたが、ホントにお姉さんだったんですね」
あれ、なんか驚きかたのニュアンスがおかしいような。もっとこう、タカハシ家が仲間になっているだなんて信じられないとかありそうだったのに。
単にドゥーシュの胆力が据わっているだけだろうか。
「きっとワタシ達は長い付き合いになるでしょう。ワタシはドゥーシュ。アクアさん、よろしくお願いします」
「こちらこそね」
ドゥーシュが細く白い手を差し出すと、アクアは笑顔で対応をした。
なぜだかドゥーシュの方が下手に出ている気がする。
「でそろそろ聞きたいんだけどさ、ドゥーシュ様はグラスのどこに惚れたわけ」
一段落がついたところで、唐突にエリスが切り出した。
いやいや、いくら何でもそんな事はないだろう。どう勘違いをすればそんな妄想を湧き上がらせる事が出来るんだ。
ドゥーシュは女神と呼ばれるほど心清らかで、支配とか蹂躙とかを心底から嫌悪する女性なんだ。ましてや魔王グラスなんて憎みこそすれど惚れるだなんて。
「あら、どうしてそう思ったのですかエリス。よければ理由をお聞かせ願います」
「まずこの場に傷だらけで出てきた事かな。魔王グラスの性格から考えて、配下は全員森へと送り込んだのでしょう。どう、アクア」
エリスが確認をとると、アクアが人差し指をアゴに当てながら考えた。
「んー、グラスが全力で待ち受けるって言ってたから、まず間違いなく全兵力を投入したと思うな」
「でしょ。なのにドゥーシュは、たった今襲撃を受けて傷だらけで逃げてきた。という感じで現れたわ。獣なんてもう城には残っていないはずなのに」
言われてみれば魔王グラスが去ってから、この周辺に魔物の気配は感じられない。
「ワタシが獣に襲われたのは、グラスが全兵力を猛獣の森へ差し向ける前でした。庭へ出るのに時間がかかったのは、城の中で迷ってしまっていたからです」
グラスの魔王城がどんな構造になっているか不明だけど、複雑だったのなら迷って時間がかかるのにも納得がいく。タイムラグがあったとしてもなんらおかしくない。
「じゃあなんで傷だらけのままでいたのかの説明はできますか。ドゥーシュ様なら傷の回復くらい訳なかったでしょう」
「あっ」
いや、もしかしたら気が動転していて魔物の気配を察知しようともしなかったのかもしれない。常に追われていると考えると、怖くて逃げを優先する可能性もある。
まさかと思いつつドゥーシュに注目すると、何も言わず楽しそうに微笑んでいた。
「でついでに言うとさっき使ったリザレクション。グラスもまとめて全回復してたでしょ」
「はぁ」
え、あの緊迫した場面で。冗談だとしてもタチが悪いだろう。生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだぞ。
「まぁ、そこまで気付かれてたなんて思わなかったわ。よく観察しているわね」
ウソだろ、ドゥーシュ。呆然としてしまうボクたちをよそに、エリスは腰に手を当てながら呆れた溜め息をついたのだった。




