678 信じたい人を
「させるか。ドゥーシュに戦場で戦う力なんて備わってないんだ。おまえに、指一本触れさせはしない」
手のひらを地面に当て、押し出すように身体を起こそうとする。
動く度にズキズキと痛みが走る。身体が普段より重く感じる。けど、ここで立ち上がらずして何が勇者か。
「ほぉ、まだ立ち上がる気力があるか。敬意こそ示せはするが、いかんせん遅いな」
「ごふっ!」
腹に重たい衝撃が響いて地面を転がる。悠々と歩いてきた魔王グラスから雑に蹴られた。
「無様を曝しているのだ。儚い女神に縋ってもいいのではないか。一度回復するまでなら攻撃を待ってやる」
「ふざけるな。回復した瞬間、真っ先にドゥーシュを襲うつもりだろう」
「当然だ。戦いにおいて回復役から潰すのは定石だろう」
やはりこの男、戦いにおいて一片の容赦がない。
「ジャス様をいたぶるようなマネはやめて下さい」
やめろドゥーシュ。口を挟むな。魔王グラスの腹の虫ひとつで殺さね兼ねない。
「口先では何もできんぞ。俺を止めたいのなら、その身で前線に入って見せろ。それとも、おまえは味方を信じられないか」
魔王グラスの挑発がドゥーシュの神経を逆撫でている。乗るな。ドゥーシュに戦場なんて相応しくない。
「誰が誰を信じられないと。いいでしょう。ワタシは、ワタシの信じたい人を信じます」
ドゥーシュが目を閉じ、手を組んで祈りのポーズを捧げる。
魔力が集中する様を感じ、魔王グラスが獰猛に笑って標的を定める。
「バカな女だ。信頼など一方的でしかないものを」
「別にいいじゃない。一方的な信頼でも」
魔王グラスの左から、意見を込めた一矢が飛来する。
「意外だな。おまえはもう立ち上がれないと思っていたぞ」
左の剣で叩き切りながら感心する。
「想いに力はないのかもしれない。けどね、勇気はくれるの。力だけじゃ、勇気は生まれない」
「訳のわからん事を。コレだから女は理解できんのだ」
苦虫を噛んだような表情で首を横に振る魔王グラス。
「何がわからないって言うんだ。人の想いを見下すのも大概にしろ」
エリスが作ってくれた時間を使って、荒い息をしながら立ち上がって睨み付ける。
ボクの剣は、くっ、遠い。
「圧倒的な力量差を前に想いが何になるというのだ。例え勇気を生もうとも、戦力を覆すほどの力は生めまいっ!」
魔王グラスが吼え、丸腰のボクへ駆けだした。
「させない。アクアっ!」
エリスが魔王グラスの進路を妨害しながら叫ぶ。ボクの剣の下から水が噴き出して押し上げられた。ボクの方へと飛んできたところを掴む。
「アクア」
アクアが手のひらを伸ばしながら、ニヤリと微笑んでいた。やってくれたよ、ホント。
「小賢しいマネを。しかし剣一本持ったところでどうしようもあるまい」
「剣一本あれば充分だ。一撃で、決めてやる」
勇者の力を冴え渡らせて剣に溜める。手加減とか、アクアの家族を奪うとか、そんな余計な事を考えてる場合じゃない。
まずは勝たなきゃ、話はソレからだ。
ボクは、出し渋っていたブレイブ・ブレイドを解禁した。




