676 純粋な力業
「次は、勇者との力比べをしようか」
魔王グラスはボクに視線を向け、駆けてくる。獲物を定めた肉食獣が迫力。捕食者に狙いを研ぎ澄まされたかのように、身体が気圧されてしまう。
逃げる事が許されるなら逃げ出したい。生存本能が戦いを拒絶している。
そんな絶望的な力量差に打ちのめされた事が、今まで何度あっただろうか。挫折を味わう度に乗り越えてきただろうが。
シッカリしろ、ボク。
「おぉぉぉぉぉぉおっ!」
腹の底から雄叫びを上げて自らを奮い立たせ、剣先を魔王グラスに向けて待ち構える。
恐怖に呑まれるな。防御時こそ隙はなかったけれど、攻撃時には必ず隙が生まれる。逃さずに捉えるしか、勝機はない。
「熱くなって正面からやり合おうとすんなっ。わざわざ敵の分野に合わせてやる必要なんてねぇんだ。クリエイトアイスっ!」
ワイズがボクの前に出張ると、巨大で密度のある氷塊を作り出してグラスの進路を遮った。
「いくらバカ力でも超圧縮して作った氷塊は砕けねぇだろ。筋肉だけじゃ魔法には敵わねぇんだよ」
「聞き捨てならんな。いいだろう、その氷塊、正面から打ち砕いてくれよう!」
上手い。魔王グラスにかかれば氷塊を迂回する事なんて造作もないはず。けどもワイズが矜持をくすぐった事で固執をさせた。
路上を塞ぐ土砂を身を守る盾へと話術だけで進化させる。
「フンっ!」
氷塊へ突き出された右の剣が、氷の表面に先端だけ食い込んで止まった。
「ほぉ、さすが魔法で作られた事はある。思いの外、頑丈だ」
「はっ、テメェじゃ一生かかっても砕けねぇよ。オレの勝ちだ」
勝ち誇る事で煽りをいれ、冷静な判断を鈍らせにかかる。ワイズのペースだ。後は意固地になっている隙を突いて魔法を叩き込めば、少なくてもダメージは負わせられる。
「いい意気だ。その自身、全力で砕くに値する。はぁぁぁあぁっ!」
魔王グラスが双剣を平行に並べたまま振り上げると、地面がえぐれるほど踏み込みながら全力で振り下ろした。
「獣双剣っ!」
まるで獣の牙が食い込むように並んで下ろされる双剣が、一撃で氷塊を打ち砕いた。
「うわぁぁぁぁあっ!」
氷塊の前に立っていたワイズが、砕け散る衝撃に巻き込まれて吹き飛ばされる。
「はっ」
砕かれた。ワイズがただ硬く丈夫に作るだけに魔力を注いだ氷塊を、一撃で。混じりけない純粋な力業で。
並んだ双剣を振り下ろした状態で、フーと息を吐きながら見上げてくる。
魔王グラスの後方。隙を突いて攻撃しようと近付いていたアクアが、唖然と立ち竦んでいた。
「獣○剣、なんって恐ろしい技なの」
「ソコを伏せるな。ドラゴンシー○ーが出てくるだろうが」
こんな緊迫した状態でツッコミを入れないでもらいたい。アクアも訳わからないボケをかまさないでほしい。
悲しいかな、防御と常識が通じない事をわからされてしまうのだった。




