673 筋肉は裏切らない
「うおぉぉぉおっ!」
先陣を切って魔王グラスへ駆ける。
ドゥーシュがいったい何をした。あの誰にでも優しく、身を粉にして負傷者を癒やし、謙虚な姿勢で神に仕えていた彼女が。
ケガをする度に眉を歪ませ、傷を癒してくれた。心許ないからとボクに新たな回復魔法を享受してくれた。常に動向を気がかりにし、共に旅できない事を悔やんでくれた。
一緒に旅する事は叶わなかったけど、紛れもなくボクたちの仲間だった。
そんなドゥーシュが、鎖に繋がれ一方的に嬲られていただなんて許されるものか。
「愚直だが想いが剣に乗っている。ならば、真正面から受け止めねば失礼だろう」
走る勢いを乗せた渾身のジャンプ斬りを、グラスは真正面から防御をした。
「何っ!」
防がれた、まではいい。問題は右の剣一本で、走る勢いとボクの体重を乗せた一撃を容易く受け止められた事だ。しかも微動だにしていない。
「心意気はいいが、少々パワーが足りんなっ!」
あろう事か右の剣をそのまま払う事で押し返されてしまう。どんな膂力をしているんだ。
「ボサッとしてる場合じゃないよ。挟撃して隙をつくるからね」
「クミン」
クミンが回り込みながら駆け、魔王グラスを挟み撃ちにする形をとる。息を合わせて同時に剣を振るい、双剣による防御の突破を試みる。
クミンが大剣のリーチを生かした回転斬りを、ボクが一歩間合いに踏み込んだ袈裟斬りを放つ。
「ほぅ、いい連携だ。折角パーティを相手してるんだ。そういうのも味わわなければおもしろくないっ!」
野性味あふれる強者の笑み。頭の中の辞書に回避という言葉が記載していないかのように、一心に受けを選択する。
いくら力に自信があるとはいえ、それは傲慢だろう。
人間の袈裟斬りはまだしも、ドワーフの大剣から放たれる回転斬りを片手で受け止められるものか。
キンっと剣のぶつかる音が二つ鳴り、グラスは双方の攻撃を受け止めきった。
「なっ、冗談だろう」
「どこまでバカ力なんだい」
右手でボクの剣を受け止めながら、左逆手でクミンの回転斬りを止めた。
まさに不動の筋肉。
「なかなかに重い攻撃だが、俺を動かすにはもう一踏ん張り足りないな」
「なら、コレならどうだよっ!」
ボクたちが硬直しているところへ、ワイズが遠くから三種の魔法を同時に放った。火・氷・風の魔法が絡み合うように踊りながら迫る。
ボクたちはギリギリまで引きつけてから、魔王グラスから離れる。
「へっ、食らいやがれ」
逃げるタイミングは完全に殺した。魔法が当たる。
「小賢しく、そしてぬるいっ!」
魔王グラスは右の剣で氷魔法を貫き、左の剣を振るって炎と風の魔法を斬り裂いた。
「はぁ、魔法を斬ってんじゃねぇよ。頭おかしいだろ」
「脳筋と褒めてくれていいぞ。筋肉に勝る攻撃も防御も存在しないのだからな」
全て正攻法の攻防だというのにムチャクチャだ。
アクアが魔王グラスを最強と謳っていた理由を、開幕早々に思い知らされた。




