671 待ち侘びていた闘争本能
魔王城へ向かって馬車を走らせている間。街中から敵視する視線が飛ばされていた。
いたたまれなく思いつつも、黙って魔王グラスの下へ進んでいく。
立派な白の城壁に堅牢さとデザイン性を併せ持つ門まで辿り着いたところで、ボクたちは馬車を止める。
「ここが、グラスの魔王城だと。まるで、普通のお城じゃないか」
普通と言うには豪華で大きすぎ、庭の植物が丁寧に剪定されていて広々としているけれども。戦いの舞台にするには違和感を覚えさせられる。
殺伐とした魔王感がこの城には存在しないんだ。
けど不釣り合いな闘気は感じられる。隠そうとしないどころか、まざまざと魅せつけるような闘争心が。
「休憩タイムは、終了のようだな」
「正直、街で住民に囲まれた時にも飛び出そうかと思ったけどねえ」
ワイズとクミンが馬車から出てきた。二人とも戦うには支障がなさそうだ。顔に笑みを浮かべ、汗を垂らしている。
「あの、オレ達は」
一人の精鋭が馬車の中から覗きながら訪ねてきた。
「この付近で馬車を守りながら待機をしてほしい。これより先に君たちを連れていくわけにはいかないからね」
「オレ達だって最後まで戦えます。と、言いたいところですが、待機していた方がよさそうですね」
「オレ達でも魔王グラスの圧倒的な気配を感じられますから。身体の震えが止まらないです。すみません」
「君たちはよく頑張った。後は、ボクたち勇者の戦いだ。行こう、みんな」
「ご武運を」
精鋭達が見守る馬車を背に、ボクはワイズ、クミン、エリス、そしてアクアと共に魔王城の敷地内へと足を踏み入れた。
整えられた石畳の道はゆがみなく真っ平らに続いていて、花壇の草花も瑞々しく上品さを窺える。
明らかに人の手が加えられているというのに、人っ子一人いない環境。
平和な景色に対して待ち受ける存在感の大きさ。一歩踏み出すごとに緊張で汗が噴き出してくる。
思い出せば、二年前も同じ場所で違った景色を進行していたっけ。魔王アスモデウスが待ち受けていた魔王城と、この魔王城は同じ場所にあるんだ。
まだ姿を見てもいないのに、手に力が入ってしまう。
「ったく、まだ庭だっていうのに随分と広いじゃないの。お城までまだ遠いし、魔王グラスは何を考えてるのよ」
エリスが苛立った声を上げながら、周囲をキョロキョロ見渡して歩く。
「たぶんね、負けた後の事を考えてると思うよ。だからこのお城は、ムダに広くなっちゃったんだと思うな」
アクアが思考を巡らせながら応えた。
タカハシ家ならではの思考なのだろう、いくら考えても、ボクたちにはわからないのかもしれない。
進んでいると水の音が聞こえてきた。噴水だ。かなり大きい。中心にある美しい彫刻から全方向へ均等に噴射される水は、弧を描いて涼しげな空間を作り出している。
そんな眺めているだけでリラックスできる噴水の手前に、筋骨隆々の少年が剣呑な眼差しをして腕を組みながら待ち構えていた。
「来たか」
「グラス」
魔王グラスの呟きに、アクアが反応する。
猛々しい金色の短い髪に茶色のつり目。身体にピッタリひっついているような黒いシャツにカーゴパンツ姿。魔王グラスは組んでいた腕を解くと、噴水に立てかけてあった二本の無骨なロングソードを両手に握った。
「俺はグラス。グラス・タカハシだ。この瞬間を、ずっと待ち侘びていた」
右の剣をボクたちに突きつけながらの宣戦布告。
始まる。もうよ余計な前口上なんてない。ボクたちは各々の武器を構え、静かに対峙をしたのだった。




