667 水の労い
「えっと。とりあえず、回復しようか」
強敵ギンとの決着があまりにもアレだったので呆けてしまったけど、深手を負った味方がたくさんいた事を思い出して声をかける。
「オレはまだ大丈夫だからよぉ、先にあっち治してくれや」
ワイズの噛まれた右腕も痛々しい事には違いないけれど、精鋭達のダメージの方が遙かに大きい。
急いで駆け寄り、本当に少なくなってしまった精鋭達に回復魔法をかけてゆく。
「すっ、すみません」
「謝らなくていい。きみたちは本当によく戦ってくれた。一緒に旅をしてくれた事はボクの誇りだ」
応急手当程度の回復魔法とポーションを用いながら労いの言葉をかける。精鋭は強く歯を噛み締め、声を押し殺して涙を流していた。
「そうよ。せっかく生き残ったんだもの、勝てた事を誇りに思いなさい。そして、死んでいった仲間の事も褒めてあげるのよ。みんな立派だったんだから」
エリスが歩み寄りながら慰めを投げかける。
「エリスさん。オレ達、でもっ」
いたたまれないのかエリスから顔を逸らして言葉を探す精鋭。でも、の後の言葉が見つからないようだけれど、何かの謝罪をしたいのだろうと雰囲気で伝わってくる。
「言っとくけど、文句を言うつもりも弱音を聞く気もないわよ。そういうのは、アタシの役目じゃないから」
エリスは不自然なほど無傷な馬車に目を向けると、中からアクアが降りてくる。
辺りを見渡し、笑顔でうんと頷いてからボクたちの方へ歩いてきた。
「無事に勝てたみたいだね。正直ギンって獣の技を見た時には思わず馬車から飛び出しそうになっちゃったよ」
無事という言葉に引っかかりを覚えてしまうけれど、口にしたのがアクアだという事で指摘を諦める。もはや今更だ。
それよりも、アクアがギンにいてもたってもいられないほど脅威を感じていた事に驚かされた。
「お前はジェ○ニマンかってツッコミたくなったもん。バカめ、両方本体だ。じゃないんだから。しかもホントに一匹致命傷が入ったら全員にも入ってるし」
どうやら違ったらしい。アクアは度々、訳のわからないツッコミをするよね。
「まぁソレはいいとして。みんな、よく頑張ったね。かっこよかったよ」
「アクアさん。オレ達、かっこよくなんて全然なかった。敵の挟撃で無様にうろたえて、情けなく逃げ惑っで、戦えてたのなんて、ほんの僅かで」
「それでも強敵に必死で立ち向かった。戦場からは逃げなかった。安全地帯にだって気付いてたのに利用しなかった」
獣たちが不自然に攻撃してこない場所にはボクは勿論、みんなだって気付いていた。アクアが引きこもっていた馬車付近だけは、敵も攻撃できない安全地帯になっていた。
「そして、心を折らなかった。これってすっごく難しい事なんだよ」
確かに思わぬ速さの接敵に心をかき乱していたし、とんでもない攻撃に身を曝されて逃げ惑いもしていた。けれども、キーとシロを倒すきっかけを作ったのも紛れもなく精鋭達だ。
「アクアさん」
「みんな強くなったね。私も鍛えた甲斐があったよ。大丈夫、もう休んでてもいいから。後は、私も戦うから」
アクアは精鋭達から視線を切ると、森の奥で待つグラスを見据えながら宣言した。
ははっ、ボクの立つ瀬がないな。タカハシ家のクセして、勇者みたいな頼もしさじゃないか。
「アクアさん、でも、まだオレ達」
「いいじゃないの。アクアからお墨付きもらったんだもの。後はアタシ達に任せちゃいなさい」
疲労しきった身体を奮い立たせようとしていた精鋭達を、エリスが優しく宥めた。
「エリスさん。はい、お言葉に甘えさせていただきます」
「よろしい」
引き下がってくれたか。アクアが出張るって宣言したんだ。もう敵は魔王グラスしか残っていない。
真の強敵相手じゃ荷が重いからね。ボクも、覚悟を決めなくっちゃ。
アクアが向いている方を睨みながら、心を決めたよ。




