664 銀色
「自己紹介でもしておこうかしら、ギンよ。いつまで記憶がもつかわからないけど、束の間の間だけでも覚えておきなさい」
銀狼のギンはゆっくりと回り込みながら焦らずに近付いてくる。もう既に間合いを計っているようだ。
下げていた剣を上げ、視線を切らさぬように構える。
「ちっ、また強者の風格を漂わせたヤツが出てきやがって。残り一匹だってのに油断なんねぇ」
「まるで普段は油断してるような言い草だねえ。真剣みに欠けてるんじゃないかい」
「うっせぇ。茶々入れてんじゃねぇよクミン」
クミンが前へ、ワイズが後ろへ移動しながら軽口を叩き合う。
「みんな前に出すぎないで。負傷した人たちは自分の身を守る事だけを考えなさい。反応に遅れた瞬間ヤられるわよ」
エリスが声を張り上げながら油断なく弓を引く。精鋭達も圧に押されているのか腰が引けている。
ムリもない。コレまでに出てきた獣たちも各々特徴があって油断ならなかったけど、ギンは眼光から違う。アレは狩人の目だ。
「ふふっ、そう怯えないでちょうだい。コレでもか弱い女の子なんだから。もっと愛でてくれてもいいのよ」
「冗談じゃない。犬猫のように毛触りを確かめる気にもなれないよ」
「臆病な男。仕方ないから、ワタシから襲ってあげるわ」
ゆっくりと迂回させていた足が急な方向転換をし、疾風の勢いで駆け込んできた。
速い。流星の如き銀影を尾に残して迫ってくる。
「行くわよっ!」
ギンは跳び上がると、体躯を丸めて回転しながら体当たりを仕掛けてきた。
「はっ、甘ぇな。いくら速かろうが跳びかかるのは自殺行為だぜっ!」
「一瞬の無防備を見逃すほど、アタシ達は甘くないわ」
ワイズとエリスが瞬時に反応し、ギンに向かって風魔法と矢を放つ。
ギンに避ける動作すら許さない攻撃。決まる。
「へっ、案外呆気なかったな。なっ!」
命中を確信していた攻撃が、ギンの身体をすり抜けていく。いや、ギンそのものが銀色の光となって霧散した。
「どこを見てるの。下よ」
「なぁぁぁあっ!」
地面の方から聞こえた声に振り向くと、ギンが後方にいるワイズにまで迫ってきていた。
「前衛たちを無視してワイズに行っただと!」
陣形の真ん中まで易々と踏み込まれた。マズい。
「まず一人!」
「させないよっ!」
ギンがワイズへ跳びかかったのに合わせて、クミンが大剣を思いっきり横振りした。
ジャストタイミングだった大剣も、ギンは踏み台にして跳ぶ事で回避をした。宙で身体を捻り、こちを見ながらキレイに着地を決める。
「見せ技に引っかからなかったのね。やるじゃない」
「よく言うよ、ワシが気付いていたのを無視しておいて」
大剣を躱せたのは攻撃がくるのをわかっていたからか。いやいくらわかっていても大剣を足場にするような避け方なんて普通はしない。
「それにあからさますぎて警戒したよ。真剣みが足りないワイズは騙されたけどね」
キリッと言い合ってくれるのはいいけどね、やめてくれないからなクミン。ワイズだけじゃなくてボクもエリスも騙されてたからね。
「言うわね。そうこなくっちゃおもしろくないわ。次は見切れるかしら」
ギンは挑発しながら、銀光を周囲に散らせて分身を二匹作り出した。
「くっ、二匹も増えるのか」
「さぁ、何匹に増えるかしらね」
ギンは更に増やせる事を匂わせながら、攻撃を再開してきた。




