658 跳躍せし刺客
アクアが本当に馬車へ引っ込んでしまってからボクたちは、気を引き締め直して森の踏破を開始した。
足を踏み入れてわかったけど、陽射しは良好で木々の間が結構開けている森だ。視界もそれほど悪くない。
まぁ、比べている森が鬱蒼としすぎていただけかもしれないけれども。
「今のところは静かだねえ」
「まぁまだ森に入ったばっかだかんな。早々にお出ましとはいかねぇだろぉ」
クミンとワイズが軽口を叩きつつも、警戒を怠らずに進行を続ける。共にツラい旅路を乗り越えてきただけあって、肩の力がいい具合に抜けている。
対してロンギングの精鋭達は緊張感でガチガチだ。今からこの様子では、戦闘時には疲れてしまうだろう。
そして誰よりも真剣に周囲を警戒しているのがエリスだ。油断なんてあり得ないと断言できるほどの集中力を継続させている。
「みんな。肩の力を抜いていこう。特にエリスね」
「甘いわよジャス。アクアが警告したんだもの、早い段階で来てもなんら不思議じゃないわ」
思わず苦笑してしまいたくなった。想定では森の中央よりやや手前あたりが接敵ポイントだ。いくらグラスの部下が強いと言ったからって、物理的な距離はそう易々と詰められない。
「いいねいいね。その危機感。相手にとって不足なしだよ」
不意に聞こえた少年のような弾んだ声に足を止めた。
早すぎる。いやそもそも、喋っているだと。
足を止めて警戒をすると、進行方向からガサガサと葉の擦れる音が聞こえてきた。
「真正面かよ。いい度胸してんじゃねぇか」
「元気な奇襲じゃないかい。受けて立つよ」
ガサガサと葉擦れの音が大きくなってきた。ぞじて、前方右側の木から小さく丸い物体が跳び出してきた。
「一番乗りぃ!」
ウサギの魔物。普通のウサギより一回り大きいがただそれだけ。外見に強さを微塵も感じない。
けど後ろ足を突き出して勢いよく放ってきた跳び蹴りは思いの外、鋭い。
「くっ!」
剣の腹を突き出し、両手で支えてガードをする。受け止めた時の衝撃が重く、踏ん張った地面に足が少しめり込んだ。
「やるぅ。ボクのキックを受け止めるなんて、さすが勇者だね。ボクはシロ。覚えておいてよね」
やはりこのウサギ、シロが喋っている。
「こんなナリして上位種かよ。ナマイキなんだよっ!」
「よっと」
ワイズが風魔法を放つと、ウサギは剣を踏み台に高く跳んだ。
「へっ、空に逃げるなら好都合だぜ。思いっきり魔法をぶっ放せらぁ」
ワイズの風魔法が乱射される。空にいる状態では避けようがない。決まりだ。
「二段ジャンプ。エアダッシュ」
「何だって」
シロは何もない空間を蹴って更にジャンプをし、更には空を駆けるように横へと移動した。
「三角跳び、くらえっ!」
シロは木の幹を蹴って反転すると、口から風魔法を放ってきた。
「散開。敵は魔法も使えるぞ。見た目に騙されず常に同行に注意しろ」
一発目の風魔法は避けたものの、空を飛び跳ねながら遠距離謝攻撃をしてくるシロに防戦一方にされてしまう。
「ちっ、ワイズ、どうにか地上へ引きずり下ろせないか」
「的が小さいくせにすばしっこくてヤリづれぇ。エリスも援護してくれ」
「ダメよ。だって、もう囲まれてるもの」
「なんだって!」
シロを警戒しながら地上の気配を探ってみる。いる。まだ遠いけど、確かに囲まれている。
「つまんないな。もっとボクに集中させて驚かせようって思ったのに。けど、コレでボクにだけ集中できなくなったね。だからって手加減しないけどね」
シロが風魔法の雨を降らせると、ロンギングの精鋭達が動揺をし出してしまった。
マズい。このままでは、一気に崩されてしまう。
ボクたちは早くも、チーム崩壊の危機に曝されていた。




