657 水の見守り
「うん。今日もいい天気」
グラスとの雌雄を決するのに申し分ないね。
「いい感じに森もザワついてる。きっと厳しい戦いが待ち受けているんだろうな」
「今更なんだけどさアクア、わざわざ魔王グラスに連絡しなければ余計な戦いは回避できたんじゃないかい」
振り向くとジャスが片目を閉じてやれやれと言いたげに歩いてきたよ。側にはワイズとクミンも一緒にいる。
「ズルはダメだよ。そもそも私がいなかったらグラスだって、偵察とか逐一向かわせて情報を掴んでたと思う」
むしろ私がいるから、森に敵が潜んでいるって事前に知る事が出来たんだよね。ある意味ジャス達は有利なんだよ。
「ボクとしても、避けられる戦いは避けて通りたいんだけどね。勇者であって、戦闘狂ではないんだから」
「同感だね。せっかく会話ができるんだよ。もっと話し合いで決着を着けてもいいと思うんだけどねえ」
ジャスの意見にクミンが同意する。楽をしたいっていうより、平和主義なんだろうな。平和って、言葉ほど平和にはデキてないと思うけども。
「まったくだぜ。旅なんてもっと楽して物見遊山をするくらいじゃねぇと。馬車の中で寝転がるぐらいダラけてぇ」
あ、一人本気で楽したい人が混ざってたや。ジャスとクミンがジト目で睨んでるし。
「そんな事言わないの。ある意味この旅の集大成でもあるんだから。鍛えてきた精鋭さん達にも気張ってもらわないとね」
両腕を曲げてがんばるポーズをすると、溜め息が返ってきたよ。みんなノリ悪いなぁ。
「やっぱダメかぁ。しゃぁねぇ、派手に魔法をブっ放すとすっかねぇ」
杖でポンポンと肩を叩きながら静かに闘志を宿すワイズ。
「魔物が待ち構えてるなら、斬って進むしかないねえ」
獰猛な笑みを浮かべるクミン。さすがは前衛だね。
「仕方ない。みんな、あともう一踏ん張りだ。タカハシ家との因縁を絶つため、ボクに力を貸してほしい」
決して自信の力に驕らず仲間を頼る。そういうの、勇者らしくて好きだよ。
ジャスが振り向くとクミンとワイズが頷いた。そしてその後ろにいる精鋭さん達も頼もしい表情をしている。
一番遠くにいるエリスなんかは最初からヤル気全開だったよ。
「みんな準備はいいね。出発だっ!」
「おぉぉぉぉぉおっ!」
ジャスの号令も応える雄叫びも全身をビリビリさせて心地いい。漲っちゃうよね。
「じゃ、私は馬車で待機してるからみんながんばってね」
「はいぃ!」
馬車に引きこもる宣言をしたらエリス以外のみんなが驚いて固まっちゃったよ。
「ちょい待ち、ひょっとしてぇ、アクアさんは戦わねぇのか」
「やだなぁワイズ。勿論グラスの下に辿り着いたら私も戦うよ。今までだってそうだったじゃない」
噂好きのおばさんっぽく手をひょいひょいと動かしながら、どこか辿々しいワイズへ言い切る。
「そうだったねえ。今まで一緒に戦いすぎててワシらが麻痺してたよ」
手に頭を当てながらクミンがガックシしたよ。
「私が出張ったら、ザコなんて楽勝になっちゃうからね。せっかくグラスが育てた精鋭なんだもん。彼らにだって活躍させてあげなくっちゃ」
「そう言われると、確かに敵に同情したくなってしまうよ。ただ、それでも複雑だけどね」
ジャスが渋々って感じだけど認めてくれたよ。まぁ認めてくれなくても引きこもるけどね。
「じゃ、後はよろしくね」
すっかり湿ってしまった士気の中を割って、馬車へと進んでいく。最後に、エリスと目が合った。
「言っておくわ。森を抜けるまでアクアの出番はないわよ。魔王グラスのところに辿り着くまでせいぜいくつろいでなさい」
「お言葉に甘えさせてもらうね。エリス、期待してるよ」
すれ違う際にパンっとハイタッチをして、私は馬車へと入ったよ。エリス、いい目してたな。ちゃんと生き残るんだよ。グラスの部隊は、たぶん生半可じゃないからね。




