655 雄叫びとニワトリ
ベッドから抜け出すと、冷たい空気を肌に感じた。カーテンを開いて眺めた空は、白み始めたところだ。
「随分と早く起きてしまった事だ。今日が楽しみで昨日はなかなか寝付けなかったというのにな」
口元がニヤついてしまう。今日俺は、勇者達と戦う。そして、アクアとも。
心が疼いてしょうがない。
窓が壊れん程の勢いで開き、身を乗り出すように足をかけた。
「ウオォォォォォォオッ!」
胸の高ぶりを吐き出すように大声で叫ぶ。きっと部下達にはこの声だけで俺の高ぶりに感化されるだろう。
「よし、行くか」
窓から飛び出すために足に力を入れた瞬間、後方のドアから何者かが入ってきた。
「まだ世間は寝静まっている時分だというのに、朝からはた迷惑な鳴き声ですね。ニワトリの方がまだ節度を守っていますよ」
「ドゥーシュか。わざわざ早起きしてまでお小言を言いに来るとはっ」
ゲッソリとした気分で振り返り、ドゥーシュの姿を見て固まってしまった。
かなり際どい寝間着に身を包んでいるじゃないか。肌が透けて見えるぞ。
たっぷり三秒硬直してから、音速で顔を窓の外へと戻した。
「おいドゥーシュ。そのハレンチな姿は何だ。まさかいつもその格好で就寝していないだろうなっ!」
「あら。もう何度か一緒に寝た仲だというのに、グラスはウブな事を仰るのね。寝間着の方がヤる気になったのかしら。もうちょっと早くに気付くべきでした」
余計な事に気づかれたような気がするがもう時既に遅しだ。戦いが終わればもう、プラサ・プレーヌでの夜は訪れないのだから。
「少々癪なところはあるが、ドゥーシュと一緒に過ごせた日々はなかなかに楽しかったぞ。後は獣王城の奥底にでも籠もって震えていれば用済みだ。俺から解放してやろう」
「まぁ、誰にも見えないところに私を隠そうだなんていけずですね。せっかく勇者を煽るのですから、盛大にワタシを使ってはいかがかしら」
ジャラリと鎖がすれる音が聞こえた。何を持っているんだ何を。
「付き合ってられん。達者でな」
これ以上足を止めていたらドゥーシュのペースに飲まれてしまう。そうなる前にと足に力を入れて身を乗りだした。
「あっ」
ドゥーシュの声を遠くに置きながら地上へ着地する。物理的な距離さえデキてしまえばこっちのもの。単純なポテンシャルなら俺の方が圧倒的に上だ。追いつかれようがない。
「とんだ茶番を挟んでしまったものだ。けども、戯れに付き合ってくれた事には礼を言うぞ」
悔いはない。けど死ねない。俺はタカハシ家最後の砦として、勇者に立ち塞がってやる。




