654 楽しかった思い出
「ふぅ」
グラスとのメッセージを終えたところで、私は思わず溜め息を吐いちゃった。
茜色に染まる森の向こうに、グラスが待つプラサ・プレーヌがある。
「どうしたのよアクア。溜め息なんて吐いちゃてさ。緊張でもしてるの」
右隣にいたエリスが気軽に聞いてきた。心配はしてなさそうだね。
「いよいよグラスと戦うんだなって、感慨に耽っちゃったかな。もちろん緊張もしてるよ」
私が初めて出会った兄弟はグラスだった。出会いは突然だったけど、仲良くなれたらいいなって握手を求めた。
「最初は私、グラスの事怖かったの」
「へぇ、意外ね。アクアって物怖じしないと思ってたわ」
「敵愾心むき出しで、私が差し伸べた握手の手を弾いて宣戦布告してきたんだもん。暫くお父さんに抱きついて泣き続けてたっけ」
「なんか、かわいそうな話ね」
表情を引き攣らせながら頭を撫でてくれた。エリス優しい。
「フォーレが仲介に入ってくれたおかげで仲良くやれるようになったんだけどね。けどソレまではお父さん達苦労してたよ」
「子供達の仲が悪いとか心労凄そうだものね。ましてや八兄弟だっけ。一人っ子だから想像出来ないけど、そうとう賑やかだったでしょうね」
「楽しかったよ。みんなそれぞれ凄いところがあって、憧れて、追いかけて。やっぱり敵わない事が嬉しくて。みんな私の自慢の兄弟なんだって、誇らしくて」
楽しい思い出のはずが、どうして悲しくなってくるんだろう。顔を上げていられなくって、いつの間にか俯いちゃった。
「アクア」
不意にエリスに抱き寄せられた。エリスの腕が、私の背中をギュっとしてくれる。
「大丈夫だから。今度こそ、アタシ達がアクアから兄弟を失わせない。だから、楽しかった思い出話をしながら俯くんじゃないわよ。一人になんて、させないから」
あぁ、エリスは温かいな。むしろちょっと熱いくらいかも。このままじゃ私、幸せでイカ焼きになっちゃうそう。
「ありがと、エリス。もう大丈夫だから」
エリスは腕の力を弱めて私を解放する。顔を向き合わせると、真剣な表情を浮かべた。
「もしまた弱音を吐いたら、何度だって抱き締めてやるんだからね。だから、いつでも言いなさいよ」
「うん。あははっ、エリスも強いね。憧れちゃうよ」
「恐縮ね。悪い気はしないけど、アタシだってアクアには憧れてるんだからね」
冗談を言い合って気兼ねなく笑い合う。うん。友達もいいものだね。
「弱音ついでにもう一個言っとくね。私達兄弟は何度か模擬戦をやってきたんだけど、私グラスに勝てた事一度もないんだ」
「はい?」
さっきまで頼もしかったエリスの表情が固まる。
「子供の頃からの因縁かな。グラスって私にだけは負けないって気概を強く持ち続けてるんだよね。だから威圧感がとても強いの」
「思いっきり目ぇつけられてるじゃないの」
エリスの叫びに悲壮感が漂ってたのは、たぶん私の気のせいだよね。
「ついでに言うと他の兄弟相手に全敗ってないんだよね。シャインは例外として、他のみんなからは勝ち星をもらってるの。個々の勝率に偏りはあるけれどもね」
私は戦績いい方じゃないから、ちょっと恥ずかしげに笑ったよ。
「あぁもぉ。いいわよやってやるわよ。どんな強敵だろうとアタシが射貫いてやるわ。だからアクア、安心して背中を任せなさい。いいわね」
「勿論だよ」
頼もしい啖呵は、微笑ましくもあったよ。
グラス、私は最高の仲間達と一緒に戦うからね。楽しみにしててよ。




