641 グラス・タカハシ
己が主を誰よりも強く、そして側で守れる男になれ。
幼い頃に聞かされ続けた母さんの言葉だった。
常に厳しいトレーニングを熟し、とにかく戦う力を求めた。鍛え上げた筋肉は必ず心に応えてくれる。そう思っていた。
生まれこそ第二子と後れを取ったが、それ以外では腑抜けた兄弟共に負けるはずがないと高を括っていた。
出会い、共に育ち、そして気付かされる。強さとは、力だけではないという事に。
一番最初に俺を打ちのめしたのはフォーレだった。力を示す隙も与えられず、口先だけで言いくるめられてしまった。
デッドには初見殺しを味合わされた。狡猾な搦め手に為す術なく陥ってしまった。真正面から力で対抗できる代物ではなかった。
そしてシェイの鋭さに見蕩れた。あんなか細い力をまかり通せる実力に、挫折以上の憧れを覚えた。
強さに様々な種類がある事を知り、全ての方法を取り入れようと試し、元の鞘に戻る。
結局俺は、愚直に鍛え上げる以外の強さに適性がないと理解させられた。
弱点を克服する事は勿論大事だろう。けど短所を補うあまり長所を蔑ろにするのは愚かだと言えよう。絶対の強みを同時に捨てる事になるのだから。
力をベースに他を少しずつ伸ばしていく。俺にとってのベストだと結論づけた。
そして月日が経つにつれ、守るべき主がチェル様から父さんに変わった。と言ってもほぼ同列でチェル様も守るべき主なのだけれども。
同時に、俺達の死ぬ瞬間も決まった。ならばよそ事に現を抜かしている余裕はない。
多少の兄弟遊びや父さんの余興には付き合ったが、家族以外に余計な時間を割くわけもいくまい。
特にシャインみたいに女に構ってなどいられない。恋愛したところで死別は明確に訪れる。わざわざ悲しみを増やす趣味も俺にはない。
正直、男女のやりとりというのもまどろっこしくてよくわからん。
だから恋愛なんて、父さんのを側で見ていられるだけで充分だった。
悲恋なのはわかりきっているけれども、父さんとチェル様の一喜一憂が自分事の様に心を揺さぶる。
そして父さん達の恋愛を守るために強くなれる。
もう一つの願いは単純に戦って力を試したいという欲求だ。心の内にある獣の闘争心が戦いを求めている。単純だ。
俺は単純でいるだけで、よかったんだ。




