639 サンドイッチ
すっかり暗くなってから俺は、タカハシ家二階建て一軒家の自宅へと帰る。
さすがにこの時間帯ならススキも家に戻って、父さんも生きる気力を取り戻しているだろう。
次男が放った言葉だが、女性は偉大だとつくづく実感させられる。
チェル様がいなければ這い上がるための軸を失っていた。ススキがいなければ這い上がる気力を奮い立たせれなかった。
そしてアクアが死んでいたら、それこそ這い上がれないほどのダメージを負っていた。
ホントに生きていてくれてよかったよ。俺は、真正面からアクアに挑める。
「ただいま」
「お帰りなさい、グラス。夕食は私が作っておいてよ」
ダイニングに入るとチェル様が一人でお茶を嗜んでいた。近くにはラップがかけられたスプラッタなサンドイッチ? が皿の上に乗っている。
「すみません。もっと早く帰っていれば俺が晩ご飯を作りましたのに」
「どういう意味か問い質してもよくて」
不機嫌そうに睨まれたんだけど、サンドイッチのような物が全てを語っているんだよな。まぁ食べれなくはないだろうからフォークとナイフで頂きますが。
「というか父さんはまだ倒れているのですか。それとも料理をできないほど容体が深刻なのでしょうか」
ススキが来たからには大丈夫だと思っていたのだが、心配になってきた。
「コーイチなら大丈夫よ。覚悟を決めたススキが後半戦をしているところだもの」
まさか再熱させていたとは。父さんも若いな。それにこの家の防音性に改めて驚かされた。建てたの俺達だけども。
「ちなみにススキはドーピングをしていてよ。フォーレ印のお薬を、ね」
「本気すぎやしないか。って言うかフォーレは何を渡しているんだ」
恐ろしく早い根回し。ホントに何やってんだフォーレ。
「ちなみに、フォーレは何を」
「本来は媚薬だったわ。けど私がフォーレから受け取っていた懐妊薬と交換したの。喜びなさいグラス、あなたたちに弟妹ができてよ」
フォーレは恐れってやつを知らないのか。効き目は折り紙付きだろうし、そうなったら、アクアが喜ぶか。
「ところでチェル様。少しメッセージを使わせてくれませんか。アクアと話したいので」
「別に構わないけど、グラスは固くてね。許可を取らなくても使える様にしてあるから、他の子達は勝手に使っているわよ」
あいつら、ホントに遠慮なかったんだな。
「ありがとうございます」
(アクア、起きてるか)
(グラス。珍しいね、どうしたの?)
思ったよりも元気そうな声が返ってきた。さすがにフォーレの死は堪えてそうだと思ったから心配したんだが、杞憂だった様だな。
(落ち込んでるかと思ったんだが、平気そうだな)
(ありがと。正直、フォーレと一緒に死んじゃってもいいかなって思ったんだけどね。お父さん、託されちゃったから)
切ない笑みが脳裏に浮かんだ。けど、この短時間で吹っ切っている。こういうところが、アクアは強い。
(安心した。もしも不抜けてしまっていたら、相対する時に楽しみが減るからな)
(あははっ。怖いな。でも、私達も負けないから)
私達、かっ。
(勇者と仲良さそうでよかったよ。もう退屈だから早く俺の元へ来い。最後まで待たされたおかげで、人間をいじめるのに飽きたところだ)
(そっか。大丈夫、ちゃんといじめれてた?)
(舐めるなよ。またな)
(うん、またね)
残る憂いは、チェル様だけだな。けど、きっとススキと父さんがなんとかしてくれるだろう。
俺は肩の力を抜くと、気合いを入れてサンドイッチもどきを頂いた。




