637 女どうしの約束
「ご苦労様ススキ。ハーブティよ。フォーレが出かける前にたくさん作り置きしてくれたの。助かってるわ」
タカハシ家二階建て一軒家のダイニングで、あたしはチェルとテーブル越しに向き合って座ってるわ。
コーイチと営んでからシャワーを浴びて、フッカフカのバスローブに身を包みながらチェルが淹れてくれたハーブティーを受け取った。
「ありがと。けどいいの。もう、貴重なお茶なんでしょ」
「使わなければダメになってしまうもの。それにススキならフォーレも喜んでくれてよ」
妖艶に微笑みながらチェルは自分のハーブティを一口飲んだわ。ホント仕草がお姫様なんだから。高嶺の花もいいところね。
あたしは喉が渇いていたし、ハーブティもそんなに熱くなかったからぐいっといったわ。
カップを置くと、チェルの表情が微笑まし気なものに変化してたわ。
「何よ。なんか文句あるわけ」
どうせあたしはチェルみたいに上品じゃいられないわよ。
「いいえ。ただ豪快だと思っただけよ。そういう気さくなところが、コーイチの警戒心を薄めたのでしょうね。少々羨ましいわ」
「やっぱりバカにしてるでしょ」
「そうむくれないの。私と違って愛嬌あるのよ。とっつきやすいから安心してコーイチを任せられるわ」
ちょっと、違和感があるんだけど。潰れかかっているコーイチを任せる都合のいい女にしているなら別にいいわよ。どんな形であれコーイチとチェルから頼られてるんだもん。けど、そんなニュアンスじゃなさそうなのよね。
「そんな事言ってるとコーイチとっちゃうわよ。イヤだったら」
「ススキなら別に構わなくてよ」
「は?」
チェルは優雅にハーブティを飲みながら、スラリと、ふざけた言葉で割り込みやがった。
「私じゃ、コーイチを癒やせないもの。ススキがいなかったら、命を繋ぎ止められてなかったわ」
違う。譲ってやるなんて上から目線じゃない。コレは、諦めてる。
「ふざけないで」
テーブルをドンと叩くとカップがカチャリと音を立てた。ハーブティが揺れる。
「ススキ」
「言っとくけどあたしだけでもダメだったんだから。コーイチの心の中心にはね、チェルが存在しているの。チェルのためにがんばって傷ついて、何度だって這い上がってるの!」
宝石の様に赤い瞳が驚きで見開かれる。驚く仕草までお姫様だ。
「いい、コーイチはチェルがいるから這い上がれたの。あたしはその手伝いをしただけ。チェルが存在しなかったら、あたし一人じゃコーイチを立ち直らせれなかったんだから!」
感情のままに立ち上がって、脱衣所に脱ぎ捨てた服を漁りに行く。フォーレからもらった媚薬を手に取って戻ると、チェルへ突き出したわ。
チェルはあたしの顔と媚薬とで二度ほど視線を往復させたわ。
「コレは?」
「フォーレからもらった媚薬よ。あたしよりチェルの方が必要なんじゃないの。チェルはコーイチのお姫様なんだから、心を開けばすぐに飛びついてくれるわよ」
「お姫様じゃコーイチは、気後れしてしまうわ」
「関係ない。今気後れしてるのは、チェルの方なんだから。だから黙って受け取りなさい」
ズイッと媚薬を突き出す。チェルは困った様に笑みを浮かべながら、服の中から薬を取り出したわ。
「何よ?」
「懐妊薬よ、フォーレお手製の。あの娘はホントに用意周到なんだから。ススキも似た様な薬をもらっていたのね」
ちょっとフォーレ。アンタには恐怖心とかないわけ。
「もしかしたら、ここまで先読みしていたのかしら。いいわ、交換して使ってくれるのなら、私もコーイチを受け入れてよ」
「フォーレ印の懐妊薬なんて、効き目は明らかじゃないの。アイツ、あたしの子供まで望んでたわけ」
文句を言いながら受け取ってやったわ。チェルも同時に媚薬を受け取る。女どうしの約束が交された。強気に笑みを作ってちゃったら、涼しい微笑を返されたわ。
「ところで、よくさっき媚薬を使わなかったわね」
「効き目が怖かったのよね。それにあたしが飲むべきかコーイチに飲ませるべきか悩んだのもあったから」
「フォーレの事だからギリギリを攻めた劇薬だったでしょうね。コーイチに使ってたらそれこそ命が危なかったかもね」
ちょ、フォーレ。
「フフっ。私たちは長生きしましょうね、ススキ。コーイチの分まで、一緒に」
伸ばされた手はやっぱりか弱くてキレイだった。けど、気後れするほど立場が違うわけじゃない。
あたしは力強く手を握って、握手を交したわ。




