636 残り香
花の香りがする。強い存在感のある香りだ。けど不快じゃない。
「おちついたぁ、おとー」
気がついたらフォーレが俺にもたれて座っていた。っていうか俺も座っているみたいだ。
フォーレの顔を見ようとするんだけど、どうしてか顔が動かない。どんなに力を込めても、なぜだかダメだった。
この感覚には覚えがんな。夢だ。夢ってのは突拍子もない事が突然起きるのに、ソレを疑問にも思わずそういうもんだと認識しちまう。あり得ない状況を不思議と受け入れてしまう。そして不自由だ。
「まぁな。フォーレは楽しかったか」
反射的に言葉を返す。何だったかな。何かを楽しんできたような気がすんだけども。
「楽しかったよぉ。いっぱい驚かす事ができたしぃ、キレイなアタイを見てもらえたもぉん。最後なんて感動的だったんだからぁ」
のんびりながらも声を弾ませている。視界の端に緑のモヤが映り込んでは消えていく。もどかしくて堪らない。どうしてフォーレの姿を一目見れないんだろう。
「おいおい。フォーレが幼い頃から思ってたがよぉ、やっぱ困ったいたずらっ子だわ、ホント」
言っておいて寂しさが湧き上がってくる。今だって隣で俺を困らせてるってのに。
「もっと近くで困らせ続けるのも楽しそうだったけどねぇ、やっぱりアタイは花だからぁ。蕾のまま甘え続けたりできなかったんだよねぇ」
「花、か。咲いてる時はいいんだけど、萎れたらやっぱ寂しいよな」
「おとーは残酷だねぇ。枯れた女は用済みになっちゃうのかなぁ」
なんか急にゾッとした。二人の女からプレッシャーを与えられている、くたびれた俺が脳裏を過った。
「なんか肩身の狭いおっさんが想像出来ちまったんだけど」
「またまたぁ。体験してみたいんでしょ、肩身の狭い未来をぉ」
確かにとても窮屈そうな生活だけれども、どこか温かみがあって幸せそうな気がする。生きていれば普通に存在する未来だ。
「だな。けど、そうじゃいられねぇだろ」
「覚悟は決まったねぇ。大丈夫ぅ、おとーもキレイに咲けるからぁ。勿論チェル様もススキもぉ、キレイに咲いてくれるよぉ」
横から抱きつかれながら気付かされた。フォーレは花でありながら、オレ達を咲かせる肥料にもなっていたんだって。
「せっかくフォーレだって立派に咲いたんだ。俺だって、咲かせる前に萎れてられねぇわな」
自然と笑みがこぼれたぜ。大丈夫、まだ立ち上がれるさ。
「わがままな娘でごめんねぇ。育ててくれてありがとぉ。わがままついでにぃ、最後のお願ぁい。チェル様もススキもぉ、おとーがキレイに咲かせてあげるんだよぉ。ばいばぁい」
「別れの間際に厄介なお願い押し付けんじゃねぇよ。言われなくったて、そのつもりだっての」
隣から緑のモヤと、花の香りが消えた。
浮上する様に現実の記憶が蘇ってくる。
「そうだよ。フォーレが死んだんだよ。んで、ススキに慰めてもらったんだっけか」
タカハシ家二階建て一軒家にある自室のベッドに横たわりながら、意識を覚醒させたぜ。
お願い、叶えなきゃな。




