634 舐めんな
チェルに連れられてコーイチが塞ぎ込んでいる場所へと向かうわ。
ヴェルダネスからタカハシ家住宅に行くには村から出て、意図的に開発を避けてられていた荒野を進む事になる。
ヴェルダネスの村人からは不可侵領域になっていて、タカハシ家へ続く荒野へ出る事は原則禁止とされているわ。
この前なんてタカハシ家にお目にかかろうと一歩踏み出した村人が総出で取り押さえられてはキツい灸を据えられていたわ。
あたしはいつの間にやら特例になっていたけれどね。
ヴェルダネスを出て暫く歩くと、蹲っているコーイチを発見したわ。よかった。地面を叩いていたけど自傷しない程度には弱々しい。
けど続けてたらいつケガをするかわからないし、ショックが大きすぎて消え入りそうなのが怖いわ。
早く立ち直らせないと、間違いを犯しちゃいそう。
駆け寄ろうとしたんだけど、先導していたチェルに手を伸ばして制されたわ。
あたしが止まったのを確認してから、一人でコーイチへと歩み寄っていく。
「無様ねコーイチ。そうやって落ち込むのは何度目かしら、私の魔王様」
チェルが声をかけると、コーイチの地面を殴る行為がピタリと止まったわ。全身を震わせながら上げた顔を、ムリが祟る様な強がった表情だった。
「ヒデぇ言い草じゃねぇかチェル。俺は怒り任せに地面かち割れるんじゃねぇかって試してたところだったんだぜ。身内が殺られたんだ。八つ当たりぐらいしなきゃやってらんねぇだろ」
このバカ。死ぬ間際まで落ち込んでるっていうのにくだらない意地張って強がりやがった。
「呆れた。私は勿論、お父様だって拳で地面をかち割るなんてできなくてよ。無謀が過ぎるのではなくて」
「無謀上等。俺が何度無謀を乗り越えてきたと思ってんだ。魔王舐めんなよ。おっ、なんだ。ススキもいたのか」
すり切れた心で啖呵を切りながらコーイチは立ち上がる。痛々しい姿を見てたら、だんだん腹が立ってきたわ。
「ふざけないで。意地張ってかっこつけてんじゃないわよ」
コーイチがひ弱な事はわかってたけれど、我慢できずに正面からタックルして押し倒したわ。地面の衝撃がやたらやわらかかったのがちょっと気になるかな。
「おっと。今日は情熱的に俺の胸へと跳び込んでくるじゃねえか」
「そういうのいいからっ! 泣きたいんだったらみっともなく大声で泣きなさいよ。気持ちを押し留めて潰れかかるぐらいならあたし達に弱音を吐き出せばいいじゃない」
いつだってそうだ。コーイチはツラければツラいほど意地を張る。かっこ悪い姿を必死になって隠そうとする。
「ススキ」
「コーイチがかっこ悪い事ぐらい知ってるんだから。あたしたちだってコーイチの事受け止められるんだから。そっちこそ舐めんじゃないわよ!」
幼い頃はその意地に救われたわよ。あたしが孤立してる中でコーイチは優しい意地を張ってくれた。だから恩返しぐらいさせなさいって。今のコーイチ、余裕ないんだから。
至近距離にあるコーイチの顔がキョトンとしている。そしてふわりと笑みを浮かべて、あたしの頭をグシャグシャに撫でだしたわ。
「何よ。まだ何もしてないのに余裕を取り戻さないでよ」
「悪ぃ悪ぃ。けどありがとな。全力で想ってるんだってぶつけられたら、少し気が軽くなったんだ。それと、意地ぐらいは張らせてくれ」
穏やかに言われたら許しちゃいそうじゃないの。ちょっとズルいわよ。
「イヤ。コーイチの意地は見てて心配になっちゃうから」
「頼むぜ。好きな女の前なんだ。かっこ悪いところなんて、隠したいだろ」
「好きだからこそ、かっこ悪さを見せる勇気を持ちなさいよバカ。撫で返すわよ」
「難しい事、言ってくれるぜ」
コーイチの肩の力が抜けたみたい。フォーレ、コレでよかったのよね。




