62 アクアの一日 その1
周りの音が騒がしく耳に届く。まぶた越しにも日差しを感じてきた。けどまだ眠い。私は掛布団を引っぱり上げて、ベッドのなかに丸まりこんだ。
「やぁ、おはようアクア。朝だよ、君のかわいい顔を見せておくれ」
私の身体をユサユサとゆすりながら、耳元で囁くように甘い声を出す。
むー、まだ眠いんだけどな。でも起こされちゃったらしょうがないか。起きよう。
目を開けると、白い長髪の男の子がやさしい視線で見下ろしていた。
五番目の弟のシャインだ。パパとユニコーンのハーフで背が高い。女の子が大好きで私もよく話しかけられる。やさしいし嫌いじゃないんだけど、男の子にやさしくできないのはよくないと思う。
「おはよう。シャインは早起きだね」
「当然だよ。陽の光はミーを美しく照らしてくれるからね。それに、暗くてはアクアのかわいい姿が見れないじゃないか」
シャインは私の手を両手で包み込むと、ベッドに身体を乗り出してきた。影がかかるくらいに顔がズイっと近寄せる。
「シャイン、どうしたの?」
よくわからないけど、シャインは怖いくらいに近づいてくる。鼻息を荒くして、迫りくる壁のようにゆっくりと。おでこが引っつきかけたとき、影から黒い塊が飛び出した。
「へぶっ!」
おでこに重い一撃を食らったシャイン。仰け反った勢いをそのままに、背中から床へドシャンと落ちた。ノックアウトみたい。大丈夫かな。
心配しつつも身体を起こし、ある場所を眺めた。
部屋には八つのベッドがある。二つ一セットで、部屋の四隅に置いてある。私たちは八人兄弟だから、一人一個ずつ使っている。
床には黄色い絨毯が敷いてあって、走り回れるくらい広い。タンスは二つ置いてあって、ドアから見て左右の壁にそれぞれ置いてあった。ドアの反対側の壁には窓が三つ、光を取り込んでいる。
窓際から一番遠いベッドに目を向けると、こんもりした掛布団が寝息に合わせて上下していた。日当たりの一番悪いベッドで寝ているのは、七番目の妹のシェイ。パパとシャドーのハーフで、パッチリした一つ目がかわいい。
「さっきのは、シェイの闇だよね。闇の塊がゲンコツのように見えたし。でも、どうやってやったんだろ。まだ寝てるのに」
ちなみに他のベッドは全部もぬけの殻。みんなもう起きて、着替えたり顔を洗ったりしていると思う。
寝ぼけていたのかな。それとも、助けてくれのかも。やっぱりシェイはかっこいいな。
シェイは兄弟ゲンカを一人で止めたことがある。ものすっごくかっこよかった。私もシェイのようになりたいなって憧れているの。
朝は私より弱いんだけどね。
「あっ、私も着替えなきゃ」
ベッドから降りて、部屋を出た。
パジャマから水色のワンピースに着替えて、食堂で朝ごはんを食べる。私たち八人兄弟とパパ、それからチェル様と一緒に食べるから、えっと……十人だ。指が足りてよかった。十人で食べるからイスがたくさん必要になる。
テーブルを横に二つ重ねてみんなで席に着く。私の右には四番目の妹のフォーレが座っている。パパとマンドラゴアとのハーフで、いつも眠たそうなの。
ボサボサの長い髪を一つに括って背中に流している。自分の髪で器用に括っているからすごい。私はフォーレが大好きだから一緒にいることが多いの。
左隣は一番下の妹のヴァリー。パパとスケルトンのハーフ。赤いパーマのかかった髪をツインテールにしている。ちょっぴり怖いところもあるけど、明るくて元気だから一緒にいると楽しい。
みんなも行儀よく、とはいかないけどイスに座って待っていた。だいたい席はもう決まっている。パパの隣にチェル様が自然にいる。
パパは黒い髪がボサボサで服もヨレヨレ。頬をスリスリするとおヒゲがジョリジョリして痛いけど、やさしくてかっこいいの。将来はパパと結婚するのが私の夢。
チェル様はお姫様だからかわいいの。丸っこい角にサラサラの金の髪。黒いドレスがシュッとしてて別次元の人みたい。いつもはツンとしてるけど、パパと一緒にいると安心してる感じがする。きっとお似合いなんだと思う。
みんなが揃って待っていたら、魔物のガーゴイルが朝ごはんを運んできてくれた。丸いパンにサラダ、それから卵焼きと鉛色のドロリとした何か。それからハーブティーのグラスをテーブルに並べてくれた。
「よし、みんな揃ってるな。んじゃ、いただきます」
パパがみんなを見渡してから手を合わせた。シャインがシェイの一撃から復帰していないから席が一つあいているんだけど、気にしないみたい。ほんのちょっぴりかわいそう……かな?
「いただきます」
チェル様も合わせて、みんなでいただきますをする。おいしい朝ごはんが始まる。
パンをちぎってモニュモニュと食べる。噛めば噛むほどミルクの甘みが鼻に抜ける感じがする。
「おいしね、フォーレ」
ねぇ、ってフォーレが一緒に頷いてくれた。
「えー、パンだけじゃ味気ないって。ヴァリーちゃんは甘いジャムとかあると嬉しいなー」
ヴァリーは不満そうにパンを食べながらチラチラとパパを見る。
「わがまま言うなって。好きなもんがないからって残したりしたら承知しないぞ。例外は認めるけどな」
パパはヴァリーのわがままを流しながら、鉛色のドロリした何かを引きつった表情で見下ろした。今回残してもいい例外はたぶんコレのことだね。
「残さなきゃいいんだろジジイ。フォーレは野菜好きだったよなぁ。俺も分も食っていいぜ。キヒっ」
六番目の弟デッドが、フォーレにサラダを押しつけようとした。赤い瞳に紫のカリアゲが特徴的。キヒキヒ笑って怖いところも多いけど、いろんな冒険に誘てくれるからおもしろいの。
「許すかバカ野郎。ちゃんと自分で食べろ」
「けっ。冗談だよジョーダン。ジジイはシャレもわかんねぇのかっての」
「言ってろ」
パパとデッドが憎まれ口を叩きながらモリモリとサラダを食べた。
「まったく、あなたたちは朝から騒がしいわね」
「お通夜よりはマシだろ」
「どうだか」
チェル様が楽しそうに小言を呟いて、パパが返す。ごはんのたびに一回はこのやり取りをするの。
「もぉ、デッドも素直にパパに甘えればいいのに。ねっ、フォーレ」
「デッドはぁ、サラダが嫌いじゃないからねぇ」
私もフォーレも、デッドがただパパに絡みたいだけなんだってわかっている。
「まぁ仕方がないさレディーたち。デッドはバカだから、あれがいっぱいいっぱいなのさ」
いつの間にかシャインが席について卵焼きを食べていた。前髪をかき上げてから、やれやれと首を振っている。
「それとヴァリー、パンにつける甘い物ならあるじゃないか。甘い匂いのコレをつけて食べれば、満足できるんじゃないかい」
シャインはキラリと笑うと、ためらいなく鉛色のドロリとした何かをスプーンですくってパンに塗りつけた。そして男らしくガブリと食べる。表情が七変化した。
あっ、ひっくり返った。
「うん。わがままはいけないよねー。甘いものがなくてもパンは食べれるもん」
ヴァリーが笑顔を崩さないで納得した。いろいろ言いたいことはあるけど、あの食べ物は危ないってことがわかった。
「えっ、シャインをほっといてにいいの?」
不安に思ったけど、シャインだったら大丈夫だよね?
ふと向かい側の席を見ると、渋い顔が三つ並んでいた。右からシェイ、グラス、エアだ。
グラスは二番目の弟でマンティコアとのハーフ。金色の髪に茶色いネコ目。サソリのしっぽにコウモリの翼も生えている。かっこよくて厳しい性格。頼りになるけど、ちょっと近寄りがたいな。
嫌いじゃないんだけど苦手だな。なんだか嫌われているみたいだし。私、何かしたのかな?
エアは三番目の妹でハーピィとのハーフ。黄色いショートヘアに背中の翼。足は枝のように細長い鳥の足をしている。
元気いっぱいで飛ぶことが大好き。いつもニコニコしているから一緒にいると楽しいの。
シェイを含めた三人は朝ごはんになかなか手をつけない。
「どうしたの」
「あははっ。いやー、ウチ卵を食べるのってどうも抵抗あるんだよね。嫌いじゃないんだけど、なんでだろ」
エアが困ったように笑うと、肩を落とした。一瞬だけ『鳥』って文字が頭に浮かんだけど、言っていいことと悪いことってあるよね。
「そっか、グラスは?」
「別に野菜が食えないわけではない!」
「ごめんなさい」
ガオォって怖い顔で怒られた。ただ聞いただけなのに。
「いや、アクアが謝ることじゃないんだ。ただ、たくましい肉体を作るには野菜もちゃんと食べないといけないのはわかるんだ。だから食べなきゃいけないんだ」
グラスはサラダを睨みつけた。険しい顔をしたまま固まってしまう。よっぽど嫌いみたい。
「えっと、シェイは?」
「アクア、朝食とは、食べる必要があるんでしょうか」
「ちょっとシェイ。何も食べてないよ。大丈夫?」
朝ごはん抜いちゃうの。おなかすいちゃうよ。
「おいシェイ、ちゃんと食べないと倒れるぞ。っていうか好き嫌いが多すぎだぞ」
「父上、自分は三日ぐらいなら何も食べずに平気です」
「食え、バカ」
パパがバカなんて言うの珍しい。特にシェイに言うなんて思わなかった。
「フォーレ、朝ごはんって大切だよね。ちゃんと食べよ」
「そぉだねぇ」
フォーレと頷きあってから、朝ごはんをおいしく食べた。




