627 花に生まれた命
枯れる。枯れちゃう。もうすぐフォーレが。
髪の様に生えていた青々とした葉っぱは萎れちゃって、植物みたいに瑞々しくて黄緑色の肌は水分を失って枯れ枝の様にガサガサと細くなっている。
頭で咲き誇っていた月下美人は萎れて、全部下を向いている。
プニプニだった頬はシワシワに痩けちゃって、豊満だった胸も張りを失ってる。
必死に作っている笑顔なんて見ていられない。
「一人で満足しないでよ。フォーレの晴れ舞台なのは知ってたけど、何も寿命を使い尽くすまでがんばらなくってもよかったじゃん。こんなお別れあんまりだよっ!」
背中に手を回して身体を抱き上げる。荒れた肌が手に引っかかる。上半身を軽く起こすつもりだったのに、腰が固まってるのか下半身までまっすぐに浮き上がる。何より、軽すぎるよぉ。
「ごめんねぇ。アクアが悲しんでくれる事ぐらいはわかってたぁ」
「わかってたなら咲かないでよ。咲かなかったら、ジャスが傷を治してくれたのに。一緒に生きていけたのに。酷いよ。私を独りにしないでよ」
勇者との戦いで失っていく事はわかっていた。覚悟もデキてるつもりだった。けどシェイが死んだ時、失うっていうのがどういう意味なのかを感覚でわからされた。
もう二度と味わいたくないのに、もう目前まで迫ってきてる。
涙で視界が歪む。ギュッて目を瞑ったら、ガサガサした硬いものが頬を撫でてきた。枯れかけたフォーレの手だ。
「やぁい、泣き虫ぃ。なんてねぇ。ありがとぉ、でもごめんねぇ。アタイ、どうしても咲きたかったのぉ。だって花に生まれた命だもぉん、咲かずに枯れるなんて勿体ないよぉ」
ずっと蕾にもなれなかったフォーレの花。そっか。フォーレは全力で戦いたかったんじゃなくて、ただ命を咲かせたかっただけなんだ。それがたまたま、月下美人だっただけで。
「ねぇアクア。アタイ、キレイに咲けたかなぁ」
見せたかったんだ。私に、花を咲かせている姿を。
「うん。うん。一番きれいだった。どの花よりも、一番キレイだったよ」
「よかったぁ。ありがとぉ。気が抜けたら喉が渇いちゃったぁ。お水ぅ、ちょうだぁい」
フォーレは左手を軋ませながら、隙間だらけの器を作って差し出してきた。
「戦い、激しかったもんね。喉カラカラでしょ。今お水をいっぱいあげるよ」
左手の器にちょっとの水を生み出して垂らす。フォーレは水を殆ど零しながら口元まで近寄せて、舐める様に口に含んだ。
「美味しぃ。やっぱりアクアのお水は最高だねぇ。おかわりぃ」
微笑みながら再び左手を差し出すフォーレ。幼い頃から欲しがりだった。ホント変わらないなぁ。
「いいよ。満足するまでいっぱいあげるから。ゆっくり飲んでね」
もう一回左手の器に水を垂らす。けど水は指の隙間から腕を伝って流れ落ちるだけで、左手はピクリとも動かない。
「もぉ、全部零れちゃったじゃん。フォーレはしょうがないなぁ。ほら、もう一回出してあげるから、今度はちゃんと飲んでよ」
水を出しては指の隙間から流れ落ちていく。差し出された左手は、完全に固まって動かない。持ち上げている身体も、上を向いている首も、作られた笑顔も固まっている。完全に固定されているように。
「ダメだよフォーレ。お水あげてるんだから、ちゃんと飲んでくれなきゃ。ほら、がんばって動いて。返事をして。ねぇ、フォーレ……ふぉぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇえっ!」
もう、声を上げながら抱き締める事しかできなかった。




