623 逆転の火種を
「ぐっ、がっ、ごはっ!」
押されてやがる、ジャスが。本来得意じゃないはずの格闘をしている魔王フォーレに、一方的に。
霞む視界の向こう、チームを組んでるはずのオレ達を無視して、ジャス一人を執拗に攻めてやがる。
距離感も方角さえもブレているせいで魔法で援護が放てねぇ。悔しいが魔王フォーレの術中にハマっちまってる。
オレだけじゃねぇ。全身のかゆみに苛まれるエリスは弓を落っことしちまってる。仮に弓を引けたところで、ちゃんと力を込めて狙いを定めれるなんてできねぇだろ。
クミンのクシャミならもイケそうで危うい。得物が大剣なだけに、手元の狂うタイミング次第で味方に致命傷を与えちまう危険性がある。
結局、二の足を踏む事しかできねぇのがもどかしい。
意を決してもう一回キュア・ブレイブを使うのもダメだ。一瞬だけなら形勢を逆転できるけど、その一瞬をものにできなきゃ今度こそ万策が尽きる。
だったらブレイブ・ブレイドはどうだ。放てさえすりゃ間違いなく勝てるだろ。けどソレは、魔王フォーレを殺す事に繋がる。
こんな劣勢まで追い込まれといて贅沢なんだが、最悪の形の勝利だけは避けてぇ。そもそもジャスだって撃つ気がなさそうだ。
ジャスの考えた最善の勝利条件。キュア・ブレイブを一発残した状態で勝利し、最後には魔王フォーレごと全員で全回復する。そうすりゃアクアを悲しませないで済むし、サマネアとの約束も守れる。
どうしよもない高望みだ。けどジャスは勇者として、その最善をなんとか掴み取ろうとしている。敗北寸前のこの有様で。
せっかく魔王ヴァリーとの戦いを経てジャスが立ち直ったんだ。なんとしてでも勝利をもぎ取りてぇ。
けどどうしたらいい。オレの症状じゃ魔法を撃ったところでまともに狙えないし、そもそも集中できねぇから高火力魔法も放てねぇ。
何か、何か逆転に繋がる火種みたいなモンはねぇのか。
周囲を必死になって探す。巨大なスギの幹。フカフカの土。生い茂る葉っぱ。逃げ道を塞ぐ様に打ち付けられている杭。見えない花粉。火気厳禁で逃げ場のない空間。
「あっ」
何だよ。あんじゃねぇか。集中力の効かない低級魔法で逆転できる強大な一手が。ただ何の対策もナシにその手を使うのは危険だ。この手段を使うとなると。
オレは地面を見渡し、俯せに倒れているアクアを発見する。全身を痙攣させ、身動きできずに生死を彷徨っている。
強靱な生命力のアクアでさえこのザマだ。アナフィラキシーショックの脅威が窺い知れるぜ。アクアじゃなきゃとっくに死んでんのかもしれねぇ。
情けねぇ話だ。こんな状態だってのに、オレはアクアに頼らざるを得ないんだから。
けどこの手段を用いる為には、どうしてもアクアの協力が必要なんだ。
「おいアクア。聞こえッか。一方的に話かけっから、できるんだったら返事をせずに実行してくれ」
オレは祈る思いで、アクアへ一方的に内緒話をしたぜ。




