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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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60 チェルの因縁

 マリーをあの女と言い換えたチェルは、最大級の敵愾心(てきがいしん)を心に宿していた。

(しゃく)って、チェルは会ったことあるのか、マリーに」

「まさか、顔も知らないわ。お母様から聞いただけだもの。でも、これはお母様の代から始まった因縁でしてよ」

 闘争心に燃えるオーラ。挑むような鋭い目つき。そして内に秘めた憎悪。全てが混ざり合った負の威圧感は、魔王と言っても過言ではない。

 息をするのも憚ら(はばか )れるぐらいに空気が重い。発言するのが怖いんだけど。下手なことを言った俺に食ってかかるなんて、しないよね。

「妙に気合が入ってんじゃねぇか。噂の相手に、どうしてそこまで憎しみを燃やせるんだ」

 内心ビクビクさせながら、チェルの様子を伺う。こめかみがピクリとさせると、視線が鋭くなった。

「わからないの? と言いたいところだけど、私も最初から憎々しく思っていったわけではないわ」

 張りつめていた空気が緩み、肩の力が抜ける。

 助かった。あのままだったら俺の精神が足元からゴリゴリされて、大根おろしになっていたところだ。

「お母様も魔王城に来た経緯(いきさつ)を話すとき、常にニコニコしていたわ。結果的にお父様と結ばれたのだから、悪い話だと思っていなかった」

 話したのがリアだからなぁ。脚色したとか言っていたし。

「ちなみに、どんな内容になってたんだ」

「おかげでアスモに出会えてチェルが生まれたのだから、マリーヌは恋のキューピッドになるわね。感謝しないとね。って」

 うわぁ。善悪を逆転させてやがったよ。(なか)ば洗脳する形じゃねぇか。

「私の能天気さにお父様は見かねたのか、視点を変えた例え話をしてくれたわ」

 魔王が悩みの種だと思っている相手に、娘が感謝している状況。どう考えても頭が痛い状況だ。訂正したい気持ちにもなるわ。

「で、どんな話だったんだ」

「お母様の話を私に置き換えてみろ、って。悪い考えを持つ魔族が、私のことをよくなく思っている。寝ている間に外に放り出されて独りぼっちにされたらどう思う。お父様もお母様もいない場所で独りきりになったら耐えられるか。と」

 あぁ、そんな話を子供にすりゃ考え方も変わるわ。下手すりゃトラウマもんじゃねぇか。

「追撃するように勇者が現れたら、チェルは平気でいられるかって。最後にとどめも刺されたわ」

「あのおっさん、そこまで言っちゃったの」

 俺が叫ぶとチェルが頷いた。

 やりすぎだろ。下手したら心が(こじ)れるぞ。いや、だからこんなに素直じゃないのかも。

「想像したら震えが止まらなかった。お母様がそんな絶望的な状況に追い込まれたと考えると、マリーヌのことが途端に許せなくなったわ。恋のキューピットなんてもっての(ほか)ね」

 なんでわざわざリアも恋のキューピットになんてしたのやら。ちゃんと教えてやればよかったのに。

 半目になる思いだ。今度、覚えていたら聞いてみよ。

「マリーヌを恨むには充分すぎる理由を得たわ。やがてマリーという私の従姉妹が生まれた。お母様のことも知らずに人間の城で悠々とすごしている。想像したらこう、わなわなと怒りで震えあがったわ」

 指を曲げた両手をわなわなと震わせながら、胸の位置まで持ち上げる。ミステリー物に出てくる犯人のような仕草だ。

「存在さえ許せないというのに、敬愛するお父様の最大の障害になったというのだから堪ったものじゃないわ!」

 両手を勢いよく握る。まるで手のひらに乗っていた怨敵(マリー)をグシャっと潰すかのように。

「勇者へ取り入り、世界の破滅をもたらす。折角お父様の役目が終わるというタイミングで最後の障害となって立ち塞がる。おかげでお父様は、憂いを宿したまま勇者との戦いに(のぞ)まなければならないわ」

 両親に対する仕打ちが、何よりもチェルの逆鱗に触れていた。

 歯を食いしばってうつむく。許せなくて、理不尽で、もどかしい思いがゴチャゴチャに渦巻いているはずだ。

 こんなときに、なんって声をかければいいんだよ。女経験の不足な俺には不正解すら浮かばねぇよ。

「許せない。許せるわけがない。けどマリーは、勇者の心をガッチリとつかんでしまった。今さら処分したら、折角できあがった勇者が壊れてしまう。八方塞なのが本当にもどかしい……ねぇコーイチ、私はどうすればいいかな?」

 顔を上げたチェルは、迷子のように頼りない表情をしていた。マリーという出口のない迷宮に一人、取り残されているように見える。

 状況は最悪だ。俺なんかが一人でなんとかしてやれる、はずがない。一人じゃ、無理だ。

 俺は目をつむって歯を食いしばる。オレンジに染まった世界が闇に塗り替わった。突き放すような現実を伝えなければならないことが、ツラい。


 あたいたち八人でサポートするよぉ。


 無力に震えていたら、何気ないフォーレの言葉が蘇ってきた。

 ハッと目を開けると、チェルが縋るように赤い瞳で見つめている。

 確かに俺一人じゃ無理だと思う。けど子供たちの力を借りれば、どうにかなるかもしれない。でもいいのか、俺のわがままに子供たちの人生を巻き込んじまっても。

 見つかった小さな可能性は、あまりにも対価が高すぎた。

 できない。親として失格すぎる。でも、それでもチェルを守れるなら、俺は……

「チェル!」

「っ!」

 衝動的にチェルを抱きしめる。小さくてやわらかな感触。か細い身体。心臓から巡られてくる熱。全てが魅力的であり、弱々しい。

「……コーイチ?」

「ごめん。少しだけ時間をくれないか。俺一人が覚悟を決めたところでどうにもならないんだ。だから……」

「もぉ、頼りないんだから。けど、ありがと」

 チェルは俺の服を握ると、震えだした。

 ごめんみんな。俺、悪い父親だわ。だって、みんなから未来を奪う相談をすることになるんだもん。どうか断ってくれ。でもできれば断らないでくれ。

 頼むぜ、みんな。


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