608 溢れるぐらいの水
「コケにしてくれやがって。待ってろよ魔王フォーレ。この借りは必ず返すかんなぁ!」
ワイズが大股で足を震わせながらヨタヨタと歩く。辛うじて歩けているが、かなり進みは遅かった。
「ワイズ。ツラいなら私がおぶろうか。カメの方がまだ歩くの速いよ」
「アクアは気軽に男をおぶるとか言わないの。身体が密着するんだからね」
心配そうにアクアが手助けしようとしたのをエリスがぶった切った。アクアの貞操観念の低さを改めて理解したからね。確かに心配だよ。
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇかアクア。今すぐにでも華奢な背中に跳び乗りてぇところだが、オレもいい大人だから遠慮させてもらうぜ」
ワイズにしては紳士な対応をするじゃないか。だもまあ仲間を相手に見境なくセクハラなんてしないか。
「心意気は立派だけど進みが遅すぎるのも気になるよ。仕方ないからワシがおぶってやろう」
しかし進行ペースに見かねたクミンが再び手助けを進言する。ワイズが汗をダラダラ垂らしながら苦笑を返した。
「小っこい身体して無茶言うんじゃねぇよ。クミンだって疲れてんだから自分を労れっての」
「素直におんぶからくる衝撃が怖いって言いな。ワシに任せれば容赦なく揺さぶってやるよ。それともお姫様だっこがいいかい」
頑なに断っていた理由がソレか。
「オレがお姫様なんてガラじゃねぇだろ。なんなら顔に腕回しちまっ。ちょっちょっと待って下さい。待って、助けて。待って下さい。お願いします。わぁーーーーっ!」
抵抗虚しく抱きかかえられたワイズは、筋肉痛に響くとか完全に無視した容赦ない歩みでみっともなく喚いた。
現在は洞窟のような一本道の通路を進んでいるところなので声がよく響く。地面や壁は土で、植木鉢の地面の部分だろう。
時折四方八方から突き刺すように根が伸びてくるから油断ならない。ワイズの回避も全く間に合ってなかったので当然の処置だろう。
ワイズの叫び以外は静かなものだったが、急に前方から轟くような足音が聞こえてきた。ボクとエリスとアクアが得物を構え、クミンが臨戦態勢をとる。
「ようやくお出ましね。緑色の塊からして、植物系モンスターの大群かしら」
魔王城植木鉢初のお出迎えだ。油断せずに様子を見よう。
視認できるようになったところで魔物の詳細が見えてきた。結論で言うと、全部サボテンだ。
目と口の部分に穴が空いていて手足も生えている。そんなサボテンが全力で走ってくる。
「ちょっとフォーレ。はりせんぼん飛ばしてくる魔物なんてけしかけてこないでよ」
よくわからないけど怖そうな単語がアクアから飛び出してきた。
「とにかく蹴散らすぞ。クミンは逃げに徹してくれ」
「任せな」
ボクたちはワイズの悲鳴を聞き流しながら、走るサボテンの群れを殲滅していく。
時折飛んでくる針は鋭いが、対処は充分可能だ。暫く戦っていると、別の種類の二足歩行サボテンも現れだした。
「フォーレ遊びすぎ。くさあくみたいなサボテンなんて倒しにくいじゃない」
文句を言いながら斬り捨てていくアクア。くさあくってなんだろうか。
極めつけに、握りこぶし形のしたやわらかそうな赤い武器を両手分装備しているでっかいサボテンがファイティングポーズで突っ込んできた。
「トゲーっ。どうしてサボテンに拘ってるのフォーレ。私、溢れるぐらいの水しかあげられないよ」
アクアが思わず叫ぶと、ファイティングポーズのサボテンは驚いて仰向けに転んでしまった。両手両足をジタバタさせるも起き上がれないようで、果てにはシクシクと泣き出した。
そこはかとなく哀れみに誘われてしまうのはどうしてだろうか。
結局ボク達は、倒れて泣いているサボテン以外を全滅させて先へと進んだよ。




