607 火気厳禁
魔王城植木鉢に入場したはいいものの、それだけで根こそぎ体力というか筋肉を持っていかれた。主にワイズが。
「腕が、腕がぁぁぁ」
杖を持つのもしんどそうだ。植木鉢の最下層にご丁寧に作られていた休憩所で悶えながらバタバタ寝転がっている。
「軟弱と罵りたいところだけど、ワイズにしてはがんばったんじゃないかい。ワシでもそこそこキツかったからね」
小柄なパワータイプのクミンですら筋肉にくるものがあったようだ。
「アクア。言っちゃ悪いけど、アンタの妹頭おかしいわよ」
エリスが両膝に両手をついてなんとか立った状態をキープしながら悪態をつく。エリスも軽そうとはいえ、細腕に筋肉は不釣り合いだろう。
「そんな頭のおかしなフォーレからメッセージが置いてあったんだけど、読む?」
唯一平然としているアクアが、手紙をヒラヒラさせながら問いかけてきた。ボクは手紙を受け取り、音読を始める。
「えっと。まずは植木鉢への入場おめでとぉ。歓迎するよぉ。まず始めに火気厳禁だから覚えておいてねぇ。ここ燃えやすいからぁ、あっという間に火の手が回るよぉ。逃げるには植木鉢の穴から飛び降りないといけないしぃ、仮に無事でも植木鉢を支えてる木は燃えやすく作ってあるからねぇ。一瞬で崩壊して降ってくる植木鉢に潰されちゃうよぉ」
読みながら気付かされる。登った時点で退路を断たれている事に。
「筋肉にものを言わせておきながらシッカリと知略も入ってやがるじゃねぇか。フォーレのヤツ、ここまで考えてやがったのか」
「もうやめてあげてよフォーレ。ワイズのライフはとっくにゼロだよ」
「勝手に死人にすんじゃねぇ」
恨めしくツッコミを入れるのがやっとのようで、未だに立ち上がれないワイズ。この手の疲労は回復魔法の効果が薄いのがツラい。
「っていうかアレよね。アクアの魔王城、アクアリウムと同じような弱点の対処法してるじゃない」
「私のアクアリウムはフォーレの助言をふんだんに受け入れて作ったからね。アイデアの大元はフォーレの植木鉢の方だよ」
弱点を前面に出す事で巻き込まれる状況を作り、武器へと変える策。やはり抜け目がない。
手元に手紙に視線を戻してみると。二枚目の存在に気付く。
「それとぉ、筋肉は冷やしてストレッチしといた方がいいよぉ。アタイお手製のハーブティとハーブ湿布とぉ、それからハーブ風呂も用意してあるからねぇ。出入り口にいる間は魔物をけしかけるの止めとくからぁ。アタイ優しいでしょぉ」
「さすがフォーレだね。敵なのに歓迎が至れ尽くせりだよ」
「待ちなさいアクア。正直植木鉢に入ってから気になってたけどさ、ハーブ風呂って湯気を立てながら無造作に置いてあるあの木製バスタブの事じゃないでしょうね。仕切りひとつない開放感に溢れる仕様には微塵の優しさも感じられないわよ!」
エリスが木製の四角いバスタブを指さしながら顔を真っ赤にさせて怒った。
「檜風呂なんて風情あるね。ちょっと開放感に溢れる室内露天風呂とか考えればナシ寄りのアリだと思うけど。エリスもツラそうだから私と一緒に入る」
「あり得ないから。絶対入らないから。ハーブ湿布とハーブティはありがたくもらうわ」
エリスはカッカしながら自力で湿布を貼り、ハーブティを豪快に呷った。そしてムセる。
「クミン。せっかくだからボクたちも頂こう」
「そうさね」
「待ってくれクミン。お願いだからオレに湿布を貼ってくれぇ」
ボクはクミンと苦笑しあったよ。バチンと容赦なく湿布を貼るクミンに、ワイズは悲鳴を木霊させた。




