605 勇者の枷
ヴァルト・ディアスの宿で一泊した早朝。木の優しい香りに包まれた環境からリラックスができたようで、疲れとは無縁の目覚めだった。体調も万全だ。
鼻がムズムズしていない事にホッとしている。
部屋を出て食堂に入ると、既にクミンが朝食の果実を食べていた。
「おはようクミン。体調はどうだい」
「ジャスかい。おはよう。不調はないさ。そっちは?」
「ボクも大丈夫だよ」
クミンの対面に座ると、鼻をズビズビ啜ったエルフがボクの分の果実を持ってきてくれた。とても大変そうだ。早く花粉症から解放してあげないと。
果実をかじる。シャリっと歯ごたえがあって、甘い汁が口の中に広がる。エルフの森だけあってよい果実が生るようだ。
ひとつめの果実を食べ終わり、別の種類の果実に手をつけようとした所で足音が聞こえてきた。ワイズがあくびしながらだらしなくボクたちの席に着く。
「ふぁーあ。おはようさん。エルフの朝は随分と控えめじゃねぇの」
生の果実を見ながら感想を漏らす。
「エルフの食はドワーフのワシから見たらか細いからねえ。って、理由だけでもないだろうよ」
「体調面からも衛生的に食事を作れる状態じゃなさそうだからね」
家庭料理ならまだしも、人様に出せるような料理は現環境ではできないだろう。
「そいつもそうか。夜遊びに出てもみんな体調悪くってオレの相手なんかしてくれなかったからな。おかげでグッスリ眠れたぜ」
「呆れた男だね。体調崩してたら大剣の錆にしてるところだったよ」
「おっかねぇなぁ。万全だから勘弁してくれ」
ワイズにも果実が運ばれ、食べ出した。とりあえずワイズも無事なようだ。アクアとエリスも無事ならいいけども。
「せっかくのエルフ美人とお近づきになりたかったんだけどな。魔王フォーレとの戦いの後までお預けか」
「軽く考えすぎじゃないか、ワイズ」
「下手に気負わねぇ方がいいだろ。それなりに考える事も多いからよぉ。聞くまでもねぇと思うが、覚悟はデキてっよな」
口元を果汁でベトベトにしながら茶色の瞳で真剣に見つめてきた。
「勿論だよ。魔王フォーレを倒す。巫女キナハトのお願いを叶えアクアの妹を助け出す。険しい戦いになると思うけど、力を貸して欲しい」
「はっ。今更、畏まんじゃねぇよ」
「好きに突き進みな。また道を間違えそうになったらケツを引っ叩いてやるからさ」
満足げな笑みを返してくれるワイズとクミンが頼もしい。
仲間には悪いけれど、魔王フォーレとの戦いでボクは枷をひとつハメる。ブレイブ・ブレイドは使わない。その代わりに勇者の力はキュア・ブレイブに回す。
二回分の全体完全回復。その内最後の一回は倒したフォーレも含めて回復するつもりだ。たぶん魔王フォーレも、最後は捨て身で戦ってくると思うから。
その後エリスとアクアが食堂に現れた。二人とも健康そのもののようだ。朝食を食べ終えたボクたちは、魔王フォーレの待つ魔王城植木鉢へと歩を進めたよ。




