602 脅威の花粉症
「まずは身体を休められる場所を用意してもらえないかい。情けない話だけど、森に入ってから旅の共のくしゃみが止まらなくなってしまって」
キナハトに説明をしながらロンギングの精鋭達へと振り返る。ヴァルト・ディアスに辿り着いたときには全員がくしゃみするようになっていた。
「勇者のツレも発症したのね。いいわ、宿を用意してあげる。けど気休めにしかならない事だけは覚えておきなさい。ぶえっくしゅ。みんな治らないんだから」
鼻を啜りながら放たれた忠告は説得力に溢れていた。目の前に、そしてヴァルト・ディアス中に結果があるのだから重く受け止めるしかない。
「ねぇジャス。提案なんだけどね、ロンギングの精鋭さん達を置いて、もうこのままフォーレの植木鉢に乗り込まない」
一番魔王フォーレとの戦いに因縁を持っているアクアが、急かすような事を言い出してきた。それも深刻そうに。
「ちょっとアクア大丈夫なわけ。一番仲がいい兄弟なんでしょ、やっぱり戦うのは乗り気じゃないんじゃないの」
「気遣ってくれてありがとエリス。戦いたくない気持ちは確かにあるよ。でもね、フォーレと全力でぶつかってみたい気持ちもあるの。少しはフォーレの隣に立てる実力をつけれたのかなって、確かめたい」
強い眼差しには決意が秘められていた。格上を相手にする挑戦心を感じ取れ、殺意は微塵も感じられない。
ボクたちが気圧されている中、キナハトが驚きで口をポカンと開ける。
「アンタ、フォーレと兄弟なわけ」
「うん。アクア・タカハシ。一応フォーレのお姉ちゃんだよ。ヴァッサー・ベスを海の脅威で侵略して、勇者に挑んで負けたんだ。本来は殺されるはずだったんだけど、お情けで今も生きてるよ」
「そ、そう。全然似てないじゃない。純粋で素直そうな娘が、あの憎たらしいフォーレとホントに血が繋がってるの?」
呆気なく正体を明かすアクアに、思わずといったようすでキナハトがたじろぐ。聞こえないように呟いたであろう声はシッカリ耳に届いているよ。タカハシ兄弟はみんな個が強くて似てないからな。
「とっ、とにかく。姉なら妹のやらかした事に責任とってわらわの元へ連れてきなさいよね。コレはエルフの巫女としての命令よ。いいわね!」
キナハトは行儀悪くアクアへ指を差しながら言い放った。
勢いの良さにポカンとしたアクアだったけど、相好を崩して機嫌がよくなる。
「もちろんだよ。ねぇエリス。キナハトってステキな娘だね。私気に入っちゃった。たぶんフォーレもお気に入りなんだと思うな」
「アクアって人を好きになるのが唐突よね。何が気に入ったのはかは知らないけども」
「大丈夫だよ。一番好きな友達はエリスだから」
アクアが正面から抱きつくとエリスは満更でもない様子で、あっそと素っ気なさげに吐き捨てた。
「わらわをダシにしてイチャつくんじゃないわよ。やっぱりフォーレの姉だわアクアはぁ!」
一頻り叫んでからくしゃみをするキナハト。
「魅せつけてるトコ悪ぃけどよぉ、アクアが急かす理由はなんだ」
「万全でいられる時間がどれくらい残ってるかわからないから」
ワイズの問いに、アクアは深刻さを醸し出した。
「花粉症ってね。誰でもなる病気なの。花粉が体内に溜まっていってね、一定量を超えるとくしゃみが溢れて止まらなくなる。器に例えるなら、水が満タンまで溜まったらくしゃみって形で溢れ出す感じ。もう満タンだから後は溢れるのが止まらなくなる」
「つまり、発症してないだけでワシらにも花粉は溜まっているのかい。急ぎたくなるわけだ」
クミンの答えを聞いてくしゃみに堪えながらの戦いを想像する。思ったよりも危険な状態かも知れない。ただでさえ集中力を切らすのは危険だというのに、相手は魔王フォーレ。くしゃみに気を取られた瞬間が致命傷になりかねない。
「アクアの懸念も最もだ。けど旅の疲れも無視できない。情報不足は怖いがソコは諦めて、一晩身体を休めてから魔王城植木鉢に乗り込もう」
ボクが決断すると、アクアは不安げに承知をしてくれた。
後は、明日までボクたちが持つかを祈るばかりだ。




